債権侵害(読み)さいけんしんがい

改訂新版 世界大百科事典 「債権侵害」の意味・わかりやすい解説

債権侵害 (さいけんしんがい)

債権の内容の実現を妨げること,または妨げる行為をいう。たとえば,労務給付する債務を負う者を,第三者誘拐・監禁して債務の履行を不可能にさせ,その者の雇主の債権を侵害した場合がこれにあたる。債権侵害は,債務者によっても行われるが,この場合は,債務不履行の問題として扱われるので,債権侵害というときは,この例のように,第三者による侵害をさすのが通常である。また,債務者の責任財産を減少させる行為も,債権の内容の実現を妨げることになるので,債権侵害に含まれるが,これは債権者取消権の問題でもある。

 第三者の債権侵害に関しては,民法に規定がなく,その解決は,判例学説にゆだねられている。侵害に対する救済手段として考えられるのは,不法行為を理由とする損害賠償の請求および妨害排除請求である。

 第三者の債権侵害が不法行為となるかどうかは,かつて学説上議論された問題であるが,判例は,一般論としては,不法行為の成立を認め,侵害者である第三者に損害賠償責任を課している。ただし,判決の数が必ずしも多くないこともあってその要件については判例の態度は明確でなく,要件の精密化は今後の問題である。債権が物権と異なり債務者に対してのみ作為不作為を請求する権利であること,債権の存在は必ずしも外部から認識できないこと,などのゆえに,学説には,債権侵害が不法行為となるのは,過失では足らず故意ないし債権の存在についての認識を要すると説くものが有力である。なお,近時自動車事故で死傷した者の勤務先である企業が,その者の就労できなかったことによる売上げの減少等を理由として損害賠償を請求する事例が多く見られるようになったが,これも債権侵害の一例である。最高裁の判例は,被害者と企業とが経済的に一体をなす関係にある場合に企業からの損害賠償を認めている。

 妨害排除請求が認められるかどうかに関しては,物や場所の利用を目的とする債権(実際には,ほとんどすべて不動産賃借権)に対する侵害が問題となる。この点についても,判例の態度は必ずしも明確でないが,対抗力のある不動産賃借権については,無権原で賃借不動産を占有する者,劣後する賃借権を有する者,のいずれに対しても,妨害排除請求で認めている。学説も対抗力のある賃借権については,ほぼ一致して妨害排除請求権を承認するが,その根拠については種々の見解がある。また,不動産の占有を取得する以前(以後は占有訴権(〈占有〉の項参照)による救済がある)の賃借権につき,妨害排除請求を認めるかどうかについても見解が分かれている。なお,占有訴権または債権者代位権を用いて妨害を排除できることは,判例もこれを認め,学説もほぼ一致して承認している。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「債権侵害」の意味・わかりやすい解説

債権侵害
さいけんしんがい

債権を第三者が侵害した場合に、被害者である債権者が加害者である第三者に対して、差止めや損害賠償を請求しうるかどうかという問題をいう。たとえば、Aの所有する土地をBがAより賃借したところ、この土地をCが不法占有するとき、Bは賃借権がCによって侵害されたことを理由に、妨害排除や損害賠償を請求しうるかどうかが問題となる。物に対する直接排他的な支配権である物権が侵害された場合と異なり、債権は、人が他人に対して給付を求めることを内容とする権利という相対的権利であるから、その侵害の救済には限界や制約がある。第一に、債権に基づく妨害排除の請求は原則として否定される。前記の例でBの賃借権が登記を伴うような場合は例外とされる。第二に、債権侵害による不法行為に基づく損害賠償の請求には、加害者が債権の存在を認識していたという意味での故意があったことを要すると解されている。

[川井 健]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「債権侵害」の意味・わかりやすい解説

債権侵害
さいけんしんがい

違法な行為によって債権の実現が妨げられること。広義では債務不履行も含まれるが,通常は債務者以外の第三者が債権の目的物を侵害したり,債務者の債務履行を妨害したりして債権者の権利を害することをさす。かつては,債権は直接には債務者との関係でのみ成立する権利 (相対権) にすぎないという理由で,第三者による債権侵害に対して,なんらの救済も認めえないとされた時期があった。しかし現在では債権も権利である以上,不法な侵害からは保護されるべきであり,債権侵害は不法行為を構成するものと解されている。ただし,二重契約の例のような債権侵害が不法行為となるのは,侵害者の行為が自由競争の範囲を逸脱したものと評価されなくては違法性が生じない。なお,債権侵害者に対して侵害の差止めを請求できるかどうかについては見解が分れるが,通説は占有あるいは対抗力のある (不動産) 債権者については,債権者に差止め請求権を肯定する。しかし,違法性のある債権侵害が継続するなど,差止めの必要がある場合には,広く差止め請求を肯定しようという見解もみられる。

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