日本大百科全書(ニッポニカ) 「債権・債務」の意味・わかりやすい解説
債権・債務
さいけんさいむ
債権とは、特定の人をして特定の行為(給付)をなさしめる権利であり、債務とは、債権に対応して、特定の人に対して特定の行為をなすべき義務である。以下では、債権を中心にして説明する。
[淡路剛久]
債権と他の権利
債権は、物権とあわせて財産権とよばれる。しかし、近代法の下では、債権と物権とは峻別(しゅんべつ)される。具体的には、両者は次のようにその機能および論理を異にする。すなわち、まず、機能的にみるとき、債権は、財貨の取引をその作用とし、他人の行為を介して財貨を獲得する関係であるのに対して、物権は、財貨の支配ないし利用をその作用とし、人が財貨を直接自己の生活に充当する関係である。次に、法的論理の側面では、債権は、債務者の意思に基づく行為を目的とする権利であるから、原則として排他性を認めるのに適さず、同一内容の債権の併存的成立を認めることができる(平等性)のに対して、物権は、物に対する直接の支配権能であり、物資の利用を確保する権利であるから、排他性が要求される。なお、債権は、特定人に対する権利であるという意味で、相対権とよばれることがあるのに対して、物権は、すべての人に対する権利であるという意味で、絶対権ないし対世権とよばれることがある。しかし、債権の相対性は、第三者による債権侵害がありえない、という狭い意味に解されていたため、債権侵害による不法行為が認められるに至った今日では、このような区別は捨てられる傾向にある。債権は、そのほか、原則として譲渡性や処分性を有する。物権、とくに所有権について、これは本質的な性質であるが、債権についてはかならずしもそうではないといわれる。また、物権について認められる不可侵性は、債権についても一定の範囲で認められる。
債権と親族権とは、特定人の間の権利であるという意味では共通性を有する。すなわち、親族権においても、それに基づいて特定人に対して一定の行為を請求しうることがしばしばある。しかし、債権が財産権であるのに対して、親族権は親族的地位そのものである。したがって、両者は財産権と身分権として対置され、異なった法原理に支配される。
[淡路剛久]
債権の目的
債権の内容である債務者の行為すなわち給付を債権の目的という。債権の目的は、当事者の意思によって自由に定めることができ、法律上一定の種類に限られるものではない。ただしそれは、適法かつ社会的妥当性があること、履行が可能であること、確定しうるものであることが必要とされる。
債権の代表的なものは金銭債権であり、多くの債権は金銭に見積もることができる。しかし、金銭に見積もることができないものでも債権の目的とすることができる(民法399条)。たとえば、祖先のために永代念仏を唱えることを約した場合には、念仏を金銭に見積もることはできなくても、念仏を唱えることを請求する債権と、念仏を唱える債務とが発生する。なお、約束がまったくの道義上の問題であるときには、債権・債務は発生しない。たとえば、2人で映画を見に行くことを約した場合などである。
[淡路剛久]
債権の種類
民法は「債権の目的」と題して、特定物債権、種類債権(不特定物債権)、金銭債権、利息債権、選択債権の5種について規定する(同法400条以下)。
[淡路剛久]
特定物債権と種類債権
特定物債権とは、特定物の引渡し、すなわち特定物の占有の移転を目的とする債権であり(所有権をも移転する場合と、占有だけを移転する場合とを含む)、種類債権(不特定物債権)とは、不特定物の給付を目的とする債権である。たとえば、「この自動車」と特定して中古車の売買契約を結んだ場合には、特定物債権が発生する。しかし、「2000年型AメーカーのB型車1600cc白」と指定して新車の売買契約を結んだ場合には、この種類だけで定まる種類債権が発生する。特定物債権の場合、債務者は、「その引渡しをするまで、善良な管理者の注意をもって、その物を保存しなければならない」(同法400条)とされ、そのうえで、その目的物自体を履行期における現状で引き渡せばよい(同法483条)。種類債権の場合、現実に引き渡すべき物をいかにして定めるかが問題となる。まず、品質については、通常は法律行為の性質あるいは当事者の意思によって定められることが多いであろう。しかし、そのような標準によって定めることができない場合には、中等の品質を有する物を給付すべきである(同法401条)。次に、種類債権の目的物の特定(集中)については、民法は一定の時期を標準時とし、それ以後は目的物は選定された特定物になるものとした。民法によると、その第一は「債務者が物の給付をするのに必要な行為を完了し」たとき(たとえば、債権者宅へ持参する債務のときには、債権者宅へ現実に持参・提供したとき)であり、第二は「債権者の同意を得てその給付すべき物を指定したとき」である(同法401条2項)。このようにして、種類債権において目的物が特定すると、債務者は、以後特定した物についてだけ債務を負い(したがって、その物が滅失すれば履行不能となり、その滅失が債務者の責に帰すべからざる事由によるときは債務を免れ、責に帰すべき事由によるときは、損害賠償義務を負うが、他の物を給付する義務を負わない)、それを善良な管理者の注意をもって保存することを要し(同法400条)、危険負担は債権者に移転する(同法534条2項)。
[淡路剛久]
金銭債権と利息債権
金銭債権とは、一定額の金銭の給付を目的とする債権であり、利息債権とは、利息の支払いを目的とする債権である。民法は、金銭債権に関してそれをいかなる貨幣で弁済すべきかを定めた。すなわち、特約がない場合には、各種の通貨をもって支払うことができる(同法402条1項本文)。また、特約で、特殊の通貨をもって支払うべきものと定めたときには、その特約に従う(同法402条1項但書)。ただし、その特殊の通貨が、弁済期において強制通用力を失うときには、他の通貨をもって弁済しなければならない(同法402条2項)。外国の通貨をもって債権額を指定した場合にも、これらの標準に従う(同法402条3項)。次に、利息債権は、利息の支払いを目的とする債権を意味する。利息とは、一般に、元本債権の所得として、その額と存続期間とに比例して支払われる金銭その他の代替物をいうが、このような利息を生じる利息債権は、法律行為(とくに契約)または法律の規定によって発生する。前者を約定(やくじょう)利息、後者を法定利息という。約定利息の利率は、普通、契約によって定められることが多いが、利息制限法は一定の制限を課している(利息制限法1条)。当事者が利息を生ぜしめることについては合意したが、利率を定めなかったという場合には、法定利率による。これは民法上は年5分(民法404条)、商法上は年6分(商法514条)である。次に、法定利息の利率は、法律に別段の定めがない限り、つねに法定利率による。なお、期限の到来した利息を元本に組み入れてこれを元本の一部として利息をつけることがある。これを重利または複利という(民法405条)。
[淡路剛久]
選択債権
選択債権とは、数個の給付中、選択によって決定する一個の給付を目的とする債権をいう。たとえば、甲車または乙車のいずれかを給付するとか、腕時計または金1万円のうちいずれかを給付するとかいった場合である。数個の給付のうちいずれを選ぶかという選択権は、債権者に属することもあり、債務者に属することもあり、あるいは第三者に属することもある。しかし、特別の意思表示がない限りそれは債務者に属する(同法406条)。また、債権が弁済期にあり、相手方から適当の期間を定めて催告しても選択権者がその期間内に選択権を行使しない場合には、選択権は相手方に移転する(同法408条)。また、第三者が選択権を行使することができず、あるいはそれを欲しない場合には、選択権は債務者に属する(同法409条2項)。
[淡路剛久]
債権の発生原因
債権の発生原因のうち重要なものは、契約と不法行為であるが、そのほか事務管理および不当利得からも債権が発生する。
契約は、債権・債務を発生せしめる当事者間の合意である。これにより、債権者は債務者に対し契約どおりの給付の履行を請求する権利を有し、債務者は義務を負担する。契約上の義務を履行しないと、債務不履行に基づく損害賠償責任が発生する。不法行為は、一般的には、故意または過失により他人の権利を侵害した場合において成立し、債務者に損害賠償義務を負わせる(民法709条)。このほか、特殊の不法行為の類型として責任無能力者(責任弁識能力のない未成年者、精神上の障害により責任弁識能力のない者)の行為に対する監督者の責任(同法714条)、被用者の行為に対する使用者の責任(同法715条)、工作物の瑕疵(かし)による責任(同法717条)、動物占有者の責任(同法718条)、共同不法行為(同法719条)などがある。事務管理とは、義務なくして他人のために事務の管理をすることであり、この場合、管理を始めた者は、その事務の性質に従い、もっとも本人の利益に適すべき方法によってその管理をなすべき義務を負い(同法697条)、本人、その相続人、または法定代理人が管理をなすことを得るに至るまで、その管理を継続することを要する(同法700条)。不当利得とは、法律上の原因なくして他人の財産または労務により利益を受け、これがため他人に損失を及ぼすことであり、この場合、善意の受益者は現存利益を返還する義務を負い(同法703条)、悪意の受益者は受けた利益に利息を付して返還することを要する(同法704条)。
[淡路剛久]
債権の実現
契約に基づく債権・債務の実現方法は次のとおりである。債権者は、債務者が正当な事由がないのに債務の本旨に従った履行をしないとき(債務不履行の場合)には、まず一方で、現実的履行の請求をすることができる。その第一は直接強制であり、債権者は債務の強制履行を裁判所に請求することができる(民法414条1項本文)。ただし、債務の性質が強制履行を許さないときには、この限りでない(同法414条1項但書。たとえば、芸術作品をつくる債務など)。第二は代替執行である。これは、債権者に自ら給付を実現する権限を与えてこれをなさしめ、それに要する費用を債務者から取り立てる方法であって(たとえば、塀の修復を第三者にやらせて費用を債務者からとるなど)、債務の性質が直接強制を許さず、かつ代替的給付を目的とするものについて認められる(同法414条2項)。第三は間接強制である。これは、損害賠償の支払いを命じることによって債務者を心理的に圧迫して、給付を実現することであり、直接強制を許さない債務のうち、不代替的給付を目的とするものについて認められる(民事執行法172条)。以上が現実的履行の請求であるが、債権者は他方で、債務不履行に基づく損害賠償の請求をなしうる。そのための要件は、第一に、債務者が債務の本旨に従った給付をしないこと、すなわち債務不履行にあること(民法415条)であり(このなかには、履行遅滞、履行不能および不完全履行の三つがある)、第二は、債務不履行について債務者の責に帰すべき事由があること、および第三は、債務の不履行が違法なこと、である。債務不履行による損害賠償の範囲は、不履行によって通常生ずべき損害であり(同法416条1項)、特別の事情によって生じた損害については、当事者がその事情を予見し、または予見することをうべかりしもの(同法416条2項)、である。損害賠償の方法は、別段の意思表示がないときには金銭賠償による(同法417条)。
不法行為に基づく債権・債務の実現方法は次のとおりである。不法行為の被害者は加害者に対して、不法行為によって生じた損害の賠償を請求することができる。そのための要件は、一般の不法行為の場合には、故意または過失によって他人の権利を侵害したことであり(同法709条)、特殊の不法行為の場合には、過失の立証責任を転換した規定が定められている(同法714条、715条、717条、718条。ただし717条の所有者の責任は無過失責任)。以上のような不法行為を受けた者は、財産的損害および精神的損害の賠償を受ける権利を有する(同法709条、710条)。賠償の方法は金銭賠償であるが(同法722条、417条)、名誉毀損(きそん)の場合には、損害賠償にかえ、または損害賠償とともに、名誉を回復するに適当な処分(たとえば謝罪広告)を求めることができる(同法723条)。
[淡路剛久]