光化学スモッグとは,光化学オキシダントが大気中で生成し,逆転層の形成や風が弱く太陽光線が適度に強く気温が高いなどの気象条件によって,地表での光化学オキシダント濃度が高くなる現象をいう。光化学オキシダントoxidantは酸素よりも酸化力が強く中性ヨードカリ溶液中のヨードカリを酸化してヨードを遊離させる大気中物質を総称する呼名で,その大部分はオゾンO3であり,パーオキシアセチルナイトレートperoxyacetilnitrate(PAN),パーオキシベンゾイルナイトレートperoxybenzoylnitrate(PBzN)などの過酸化物も微量含まれている。オゾンは,一酸化窒素NOや二酸化窒素NO2(双方合わせてNOxと表す)が炭化水素と複雑な光化学反応を行って,放出される。光化学オキシダントは,大気中に主として自動車排ガスからの二酸化窒素と光化学反応性のあるオレフィン族,芳香族などの炭化水素が共存している条件下で,太陽光線中の紫外線が加わって,高気温のもとで生成してくる。1940年代前半ころからロサンゼルス地域で,旧来の排煙を主体としたロンドン型大気汚染と異なる型の大気汚染が発生しはじめ,この大気汚染がオゾンを主成分とする新しい型のスモッグであることが順次明らかにされ,光化学反応によってオゾンが大気中で二次的に生成することから光化学スモッグと呼ばれるに至った。光化学スモッグは自動車の普及につれて他の地域にも広がってきているが,気温,紫外線強度,地形などの条件でロサンゼルスを中心としたカリフォルニア,東京,大阪などを中心とした日本,シドニーなどがとくに激しい地域となっている。なお光化学スモッグが発生しやすいときには,ホルムアルデヒド,アセトアルデヒド,アクロレインなどのアルデヒド類およびミストmist(液体微粒子)類も光化学反応によって生成しやすくなっている。したがって光化学スモッグ時には,排ガス中の一次汚染物質の濃度も上昇し,光化学オキシダント,アルデヒド,ミストなどの二次汚染物質の濃度も上昇してくる。
光化学スモッグは人体への急性の影響として,目の刺激,咽頭,気管支等への刺激症状がある。とくに目の痛み,流涙などにはPAN,PBzN,ホルムアルデヒド,ミストなどの微量汚染物質が作用しており,のどの痛み,息苦しい,胸苦しいなどの呼吸器刺激症状にはオゾン,ミストなどの作用が中心であろうと理解されている。これらの刺激症状以外にも頭痛,全身倦怠感,運動能力の低下などの随伴症状も指摘されている。光化学オキシダントの濃度が0.12~0.15ppmを超える程度から,上記のような急性症状を訴える者が増加しはじめることから,日本では光化学オキシダントが0.12ppm,0.24ppmを超えると,それぞれ〈光化学スモッグ注意報〉〈光化学スモッグ警報〉が地方自治体によって出され,激しい運動の抑制などや,不急不用の自動車運行の自粛などが進められている。
ゴムなどのひび割れのような財物への被害もあるが,タバコ,ペチュニア,トマト,コマツナ,アサガオなど植物への影響は,人体への急性刺激症状の出はじめるオキシダント濃度より低い濃度でも起きることが知られている。葉の表面に白斑が生じ,さらに進むと褐色の壊死部分が広がってくる。70年代後半日本全国でのアサガオの調査では,北海道,東北北部,山陰,南九州を除く全地方でアサガオへの光化学オキシダントの被害が生じていることが明らかになった。その後の研究で,調査日までの10日間の昼間10時間のオキシダント濃度が平均0.02ppmを超えると被害が出はじめることが知られている。
→大気汚染
執筆者:溝口 勲
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
汚染した大気中の炭化水素と窒素酸化物とから、光化学反応によって生成するスモッグ。最初アメリカのロサンゼルスでみいだされたためにロサンゼルス型スモッグとよばれることもある。窒素酸化物のうち、二酸化窒素NO2は太陽光線を吸収して、一酸化窒素と酸素原子に解離するが、この酸素原子の大部分は酸素分子と結合してオゾンとなる。このオゾンや窒素酸化物などの酸化性物質と、炭化水素との間の複雑な反応から、種々の汚染物質が生じるものと考えられている。
汚染物質のなかには、PAN(ペルオキシアセチルナイトレート)などの過酸化物や、アクロレイン、アセトアルデヒド、硝酸アルキルエステルなどが認められているが、これらの物質が、複雑な化学変化をおこして生じた、強い酸化性のある物質がオキシダントと総称される。視程障害の原因となるスモッグ粒子についてはまだ未解明の部分が多いが、高分子量の難揮発性成分の凝縮したもの、あるいは、ほかの浮遊粒子の表面に汚染成分が吸着したものなどと考えられている。発生機構、本体などにはまだ不明の点が多く、研究はこれからである。
[山崎 昶]
多少視程を悪くするのでスモッグというが、この場合のスモッグには自然の霧は普通含まれない。排出されたガスは大気中で変質するから、そのときの気象によって変質の度合いが異なる。法令で定められている光化学オキシダントの環境基準は1時間値0.06ppm以下である。都市では光化学スモッグの濃度が高くなると、注意報や警報が出され対策がとられる。それらのレベルは大気汚染防止法に基づいて都道府県条例で定められるが、一般には注意報レベルとして1時間値0.12ppm、警報レベルとして0.4ppmが採用されている。
[大田正次]
『J・W・ムーア、E・A・ムーア著、岩本振武訳『環境理解のための基礎化学』(1980・東京化学同人)』
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汚染大気中の炭化水素と窒素酸化物から,太陽光線の作用によって光化学的につくられるスモッグをいい,ガス状物質と液状粒子物質との混合ミストからなる.大気中の窒素酸化物NO2がNOとO原子に解離し,大気中の酸素や炭水化物と光化学反応を起こし,オゾン,PAN(硝酸ペルオキシアセチル),窒素および酸素を含む種々の有機化合物(アセトアルデヒド,アクロレイン,硝酸アルキルなど)を生成する.粘膜刺激性があり,眼やのどの痛みを伴い,健康障害や植物障害などを引き起こす.大都会で,日ざしが強く,気温が高く,風の弱い日に発生しやすい.炭化水素は,石油精製や石油化学工場,溶剤の蒸発が,窒素酸化物は,自動車の排気ガス,各種燃焼施設やごみ焼却施設からの燃焼排気ガスがおもな発生源となっている.1944年にアメリカ・ロサンゼルスで光化学スモッグが問題となり,日本では1970年,東京ではじめて光化学スモッグの発生が確認された.1973年からは窒素酸化物排出規制などの対策がとられている.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
…学問的な定義はなく,狭義にはばい煙で汚れた霧を意味し,後に述べるロンドン事件を象徴することばであった。近年は,気象上の視程が減るという大気汚染の状態を指すことばとして広義に使われ,とくに光化学スモッグを指す場合が多い。 狭義のスモッグは,とくに冬期に地上数百mまでの低層の大気中で逆転層が発生し,風速が顕著に弱まり,霧が発生したときに,工場や家庭から排出された有害ガスやばい煙が逆転層内に滞留して起こる現象で,この型のスモッグをロンドン型スモッグということもある。…
… スメーズsmaze煙smokeと煙霧hazeとがいっしょになった現象をいう。ロサンゼルスの光化学スモッグを指すのに,スモッグということばは不適当であるとして作られた合成語。 スモッグsmog煙smokeと霧fogとの合成語で,ばい煙でよごれた霧という程度の意があるが,気象学的なはっきりした定義はない。…
※「光化学スモッグ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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