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八代荘 やつしろのしょう

百科事典マイペディアの解説

八代荘【やつしろのしょう】

甲斐国八代郡にあった荘園。《和名類聚抄所載の八代郡八代郷の地に成立したとみられる。荘域は不明だが,およそ現山梨県東八代郡八代町(現・笛吹市)北の熊野神社を中心とする地域であろう。

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世界大百科事典 第2版の解説

やつしろのしょう【八代荘】

甲斐国八代郡(現,山梨県東八代郡,西八代郡)の荘園。久安年中(1145‐51)甲斐守藤原顕時が熊野本宮の八講用途として熊野神社に寄進し,鳥羽院庁下文(くだしぶみ)を得て成立する。八代郡のかなりの部分を占めるものと思われるが,荘域は不明。1163年(長寛1)までに安多,長江(現在地不明)がその加納となっている。現地の領主も明らかでないが,甲斐源氏逸見清光の子信清が八代余一を称している点からみて,この八代氏であった可能性がある。

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世界大百科事典内の八代荘の言及

【甲斐国】より

…御坂町黒駒付近か)の3駅があった。10世紀以後,甲斐でも各地に貴族や寺社の荘園が立てられ,国衙領を侵食していくが,12世紀の中ごろ,八代(やつしろ)荘をめぐって紀伊熊野神社と国衙との間に激しい衝突があり,裁判の結果国衙側が大敗するという事件も起きた(長寛勘文)。これら荘園や黒駒の伝統をもつ牧場地帯を根拠として甲斐源氏が勃興する。…

※「八代荘」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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