日本歴史地名大系 「前山村」の解説
前山村
まえやまむら
前山村
まえやまむら
上田市の西南、
初見は、天正六年(一五七八)上諏訪造宮帳(諏訪大社上社文書)に「
前山村
まえやまむら
前山村
まえやまむら
貞祥寺開山歴代伝文(貞祥寺蔵)の延徳元年(一四八九)の記事に「信州佐久郡前山邑洞源山貞祥禅寺」とみえる。天正二年(一五七四)の大井文書には、
前山村
まえやまむら
鷹巣盆地西端部、南流して米代川に注ぐ前山川の下流域に位置する。慶長二年(一五九七)の浅利頼平領内村数覚書(秋田家文書)に「前山村 畠 家まへハ十五今ハなし」とみえる。中世後期を通じ浅利氏領であったが、天正期(一五七三―九二)中頃安東(秋田)氏領に包摂される。正保四年(一六四七)の出羽一国絵図には新田として八六石とあるが、享保一四年(一七二九)の秋田郡御黒印吟味覚書(秋田県庁蔵)に「正保元禄誤而新田出」とある。枝郷に
前山村
まえやまむら
前山村
まえやまむら
前山村
まえやまむら
前山村
まえやまむら
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報