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十組問屋 とくみどんや

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

十組問屋
とくみどんや

江戸時代,江戸で組織された問屋仲間。元禄7 (1694) 年大坂屋伊兵衛が発起人となり,江戸-大坂間の積荷問屋が,共通の利害関係に立ってつくった仲間。初め塗物店組,綿店組,酒店組など 10組から成っていたので,この称がある。

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デジタル大辞泉の解説

とくみ‐どいや〔‐どひや〕【十組問屋】

江戸時代、江戸で組織された各種の荷受け問屋の組合。江戸と大坂間の海上輸送の不正や、遭難による損害を防ぐために、元禄7年(1694)に組織された。当初は綿店・酒店・紙店・塗物店・薬種店など10組であったが、のちにその組合数を増した。とくみどんや。

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百科事典マイペディアの解説

十組問屋【とくみどんや】

17世紀末結成された江戸の荷受問屋の連合組合。大坂から江戸に送られる主要物資を独占的に確保し菱垣(ひがき)廻船を支配するために江戸商人が組織した。塗物店組(塗物類),内店組(絹布,太物,繰綿,小間物ひな人形),通町組(小間物,太物,荒物,塗物,打物),薬種店組(薬種),釘店組(釘,鉄,銅物類),綿店組(綿類),表店組(畳表,青むしろ),川岸組(水油),紙店組(紙,蝋燭),酒店組(酒類)の10組。
→関連項目株仲間樽廻船問屋

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世界大百科事典 第2版の解説

とくみどんや【十組問屋】

近世の江戸における問屋仲間の連合組織。17世紀中葉ごろ,江戸および東国地域に対し,畿内や西国地域産の諸商品が下(くだ)り荷物として大坂から供給される体制が成立した。街道が幕府の統制下におかれ,商人荷にとって陸送が不便であったため,菱垣(ひがき)廻船による海運がさかんとなったが,風波による損害がしきりであり,難船勘定をめぐって廻船問屋と荷主の利害が対立することが多かった。下り荷を扱う江戸の問屋は,17世紀中葉においては荷主と注文主の間を仲介する荷受問屋が中心であったが,17世紀後半になると,自己資本で集荷する仕入問屋が成長し,廻船荷の荷主となったことから,問屋仲間によって輸送路の保全をはかる必要性に迫られ,1694年(元禄7)に小間物諸色問屋仲間である通町組所属の大坂屋伊兵衛の提唱により,問屋仲間の連合組織が結成された。

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大辞林 第三版の解説

とくみどいや【十組問屋】

江戸時代、江戸で結成された江戸・大坂間の荷物運送の株仲間組合。従来、積荷の処理、海難による被害など船頭と荷主間に争いが多く、それを除くために作られたもの。1694年、塗物店・内店(布・糸など)・通町(小間物・太物など)・薬種店・くぎ店・綿店・表店(畳表など)・酒店・川岸(水油)・紙店の10種に分けて結成、のち、その数を増した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

十組問屋
とくみどんや

江戸時代、大坂から江戸に送られてくる商品いわゆる「下(くだ)り荷物」を取り扱う江戸問屋がつくった問屋仲間。大坂―江戸間の海運にあたったのは菱垣廻船(ひがきかいせん)であったが、船頭や水主(かこ)が海難を装って荷物を横領するなど不正が多かった。そこで、江戸商人大坂屋伊兵衛が発起人となり、問屋が結束して難船後の処置などを船問屋任せにせず、問屋側が厳しく管理することとして、1694年(元禄7)に十組問屋仲間を結成した。十組とその取扱商品は、塗物店(ぬりものだな)組(塗物類)、内店組(絹、太物(ふともの)、繰綿(くりわた)、小間物(こまもの)、雛(ひな)人形)、通町組(小間物、太物、荒物、塗物、打物)、薬種店組(薬種)、釘店(くぎだな)組(釘、鉄、銅物類)、綿店組(綿類)、表店組(畳表、青莚(あおむしろ))、川岸(かし)組(水油、繰綿)、紙店組(紙、蝋燭(ろうそく))、酒店組(酒)である。以上のほかの種類の商品、およびこの種類の商品でも大坂以外から江戸に入る荷物は十組問屋の取扱い範囲外である。十組問屋は組ごとに行事を定め、各組は順次に大行事を勤め、また極印(ごくいん)元を定めて廻船に関する事務を支配し、海難の損害処理などを行ったので、菱垣廻船は実質上十組問屋商人の手船同様になり、下り荷物の大部分に対して強大な独占力を発揮した。
 成立の当初は内分の仲間であったが、享保(きょうほう)時代(1716~36)には幕府公認の株仲間となり、構成員も増加した。しかし江戸後期に及んで十組の独占を破って上方(かみがた)と取引する新興の江戸商人が現れ、樽(たる)廻船の興隆などに圧迫されて菱垣廻船も衰退した。そこで江戸の杉本茂十郎(もじゅうろう)が十組頭取となり、1813年(文化10)改めて菱垣廻船積問屋仲間65組として十組を再編成し、幕府に巨額の冥加金(みょうがきん)を上納してその独占力の補強を図った。天保(てんぽう)の改革の株仲間解散令で一時廃止されたが、1851年(嘉永4)再興、やがて明治維新を迎えて廃止された。
 なお、武蔵(むさし)国川越(かわごえ)(埼玉県川越市)にも江戸に倣った十組仲間が1806年(文化3)に結成され、各組から1名ずつ選出された大行事が管理運営にあたった。四番組(酒仲間)、五番組(乾物仲間)、七番組(川魚仲間)、九番組(古鉄屑(ふるてつくず)仲間)、十番組(材木仲間)とされているが、詳細は不明であり、株数の制限もなかった。[村井益男]

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世界大百科事典内の十組問屋の言及

【大坂屋伊兵衛】より

…実名川上正吉。江戸十組問屋仲間創設の主唱者。江戸への商品輸送は大坂からの廻船に大きく依存していたため,下り商品を仕入れる江戸問屋は,海難処理そのほか,連合して海運に関与する必要に迫られた。…

【三橋会所】より

…江戸の十組問屋を中心とする菱垣廻船積問屋仲間の会所。大坂と江戸を結ぶ菱垣廻船は,畿内産をはじめとする諸国物産を輸送したが,海難による被害が著しく,樽廻船との競合もあって,18世紀後半以降衰退しつつあった。…

【菱垣廻船(菱垣回船)】より

… 菱垣廻船は1619年(元和5)泉州堺の商人が,紀州富田浦の250石積廻船を借りうけ,大坂より江戸への日常生活物資を積み送ったのがその始まりで,24年(寛永1)には大坂北浜の泉屋平右衛門が江戸積船問屋を開業し,27年に毛馬屋,富田屋,大津屋,顕屋(あらや),塩屋の5軒が同じく江戸積船問屋を始めるにいたって,大坂の菱垣廻船問屋が成立し,この廻船問屋によって菱垣廻船が仕立てられた。こうして江戸・大坂間の海運が盛んになり,94年(元禄7)に江戸の菱垣廻船積合荷主が協議して,江戸十組問屋(とくみどんや)を結成し廻船はその共同所有となり,また十組問屋は菱垣廻船問屋運航の差配機関となった。しかし1730年(享保15)に十組問屋の酒問屋(さかどいや)が十組仲間から脱退して,酒荷専用の樽廻船を独自に運航させた。…

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