足利義政(あしかがよしまさ)が京都・東山山荘に営んだ持仏堂東求(とうぐ)堂内の一室で、初期書院造の重要な遺構である。四畳半で、一間の付(つけ)書院と半間の違い棚を備えており、『君台観左右帳記(くんだいかんそうちょうき)』によると、棚には茶の道具が置き合わされていた。炉が切られていたことも確かであり、茶室の濫觴(らんしょう)と江戸時代から伝えられてきた。しかし上段形式の床(とこ)を欠き、主客同座を前提とした茶室と同様にみることは適当でない。義政が深く崇拝していた夢窓(むそう)国師を祀(まつ)った六畳に接するこの座敷は庵室(あんしつ)ともいうべき書院であり、茶の湯の備えは供茶のためでもあったであろう。
[中村昌生]
京都市左京区の慈照寺(銀閣寺)の東求(とうぐ)堂(1486年造立,国宝)にある4畳半の書院。東求堂内の北東隅に位置する。付書院と違棚を構え,足利義政の書院(書斎)として設けられたもので,「聖人一視而同仁」によって名づけられた。「御飾記(おかざりき)」には,ここに囲炉裏(いろり)が切られ,炉辺に茶具足の室礼(しつらい)をしたと記されていることから,4畳半茶室の濫觴(らんしょう)とされてきた。囲炉裏の茶は,書院という日常的な生活空間において展開していたもので,のちに侘茶として大成された炉の茶も,こうした褻(け)の茶に系譜するものと考えられよう。
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…寺宝には義政関係のものが多いが,とりわけ足利義政木像1軀は,室町時代の肖像彫刻の代表作として注目される。【藤井 学】
[文化財]
東求堂(1486,国宝)は6.9m四方,檜皮葺き(ひわだぶき)入母屋造の屋根をもつ小堂で,内部は持仏堂,同仁斎(どうじんさい)とよばれる小室など4室からなる。持仏堂はこの建物の主室で,南面して桟唐戸(さんからと)をつり,床は拭板敷,折上格天井(おりあげごうてんじよう)仕上げ,正面に阿弥陀三尊を安置する。…
…足利義政が応仁の乱後に経営した東山殿の常御殿や会所の屋内諸座敷の構成は,これらの一連の住宅形式の新傾向を採用したものであった。慈照寺(銀閣寺)の東求堂は東山殿の遺構の一つであり,その屋内北東隅にある書院の同仁斎は四畳半の畳を敷きつめた小室で,北面に一間の付書院と間半の違棚をつくりつけていて,室内外の形式と意匠に書院造の諸特徴をそなえ,書院造最古の遺構とされる。 近世初頭の慶長・元和年間(1596‐1624)には武家大名の邸宅が各地で造立された。…
…足利義政が経営した小川殿や東山殿の諸殿舎で,主座敷に押板,付書院と組み合わせた違棚の用例が《御飾書》に見える。また東山殿の遺構の一つである慈照寺(銀閣寺)東求堂の書院,同仁斎の一隅に付書院と組み合わせた違棚がつくりつけられていて,違棚の最古の遺構として著名である。近世に入ると書院造形式の定型が完成し,違棚も発達して変化に富んだ諸種の型を生んでいる。…
※「同仁斎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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