国免荘(読み)こくめんのしょう

  • こくめんのしょう〔シヤウ〕
  • 国免▽荘

百科事典マイペディアの解説

国司(こくし)の免判により不輸(ふゆ)が認められた荘園。10世紀以降任国支配の実権の多くが国司の裁量にゆだねられると,本来荘園の不輸租を公認する権限を持たない国司によって,国内の荘園に不輸租が認められるようになり成立した。ただし不輸はその国司の在任中に限られていた。1040年の荘園整理令で当任国司以降の新たな荘園の立荘は認めないとする方針が打ち出されて,国免荘が中央政府によって公認される根拠が生まれ,1069年の荘園整理令では,記録荘園券契所(きろくしょうえんけんけいじょ)によって不輸が認められた国免荘は,中央政府によって公認されたのと同様の意味を持つこととなった。
→関連項目官省符荘

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世界大百科事典 第2版の解説

荘園の不輸租を公認できるのは太政官だけであり,国守にその権限はなかった。ところが10世紀初頭から国守の任国内支配について中央政府がこまかく干渉しない方針に転換すると,国守が独断で荘園の不輸(10世紀からは不輸官物(かんもつ)というのが正しい)を認めはじめた。このように国守の独断で不輸が認定された荘園を国免荘というが,その不輸認定はその国守の在任中だけ有効であった。中央政府はいうまでもなく国免荘を認めず,902年(延喜2)官符を基準とする格(きやく)前・格後の荘園整理方針をとり続けてきたが,1040年(長久1)の荘園整理令で当任国司以後の新立荘園は認めないとする新方針がうちだされてから,国免荘の実績をもつ荘園が公認される根拠が出現し,さらに延久記録荘園券契所では1045年(寛徳2)が荘園整理基準とされ,同所の審査で不輸が認められた国免荘は,中央政府が不輸を公認したのと同様になった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

平安後期、国司の免判で租税官物や臨時雑役などが免除された荘園をいう。もともと未墾地の開発の認可は、三世一身法(さんぜいいっしんのほう)、墾田永年私財法以来、国司(国衙(こくが))の権限に属しており、しかも墾田は元来輸租田であったから、墾田開発の盛んとなる平安中期以降、国司のもつ権限の比重が大きくなった。官省符荘にかわり、国司によって立荘される国免荘が増え、この種荘園が一般化した理由である。摂関家など上層貴族の家司受領(けいしずりょう)により立荘された荘園も少なくない。しかし国免荘は、後任の国司の利害関係によって左右されることが多く、認否をめぐり紛争がしばしば起こっている。

[村井康彦]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

旺文社日本史事典 三訂版の解説

平安中期,国司の責任において出された不輸租の許可状を持つ荘園
太政官符および民部省符の承認による官省符荘に対する。官省符をうける手づるを持たない地方豪族などが国司と結託して成立させたもので,延久の荘園整理令(1069)で官省符荘に準ずる効力が認められた。

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