戦争,内乱,天災地変等の緊急事態にあたって,通常の統治体制ではそれに対処できないとして,国家と憲法の存立を維持するため行使される特別の権力。国家緊急権の発動によって,通常,権力の集中と立憲主義(憲法による権力の拘束)の一時的停止が行われる。そのため,人権に対して特別の制限が課されることが多い。国家緊急権は,とられる措置の強さに応じて,三つに区別できる。第1に,通常の統治体制に限られた修正を加える場合である。明治憲法における緊急勅令(8条)や〈財政上の緊急処分〉(70条)等がその例である。日本国憲法における参議院の緊急集会(54条2,3項)を,これに含める考え方もある。第2に,憲法の定めにもとづいて,権力の集中や立憲主義の停止が行われる場合である。明治憲法における戒厳令(14条)や非常大権(31条)がそれにあたるとみられる。西ドイツのボン基本法(憲法)は,1968年の改正によって,〈防衛事態〉や〈緊迫事態〉等の緊急事態の類型に応じて,国家緊急権に関する詳細な規定をおいた。またフランスの1958年憲法16条は,緊急事態における大統領の独裁的権力を認めている。第3に,憲法の規定によらずに,国家緊急権が行使される場合である。
C.シュミットは,第2のものを委任的独裁,第3のものを主権的独裁と呼ぶ。第2のものの基礎には,緊急権の濫用を防止するためには,それを実定法上認めたうえで,条件,期間,手続等の点で制限を加えた方がよいとする考え方がある。しかし実際上その制限はあまり守られず(フランスにおけるド・ゴール大統領による濫用),また第2のものが存在しても,第3の超憲法的な国家緊急権の必要性を否定できないとする議論も出てくる。第3のものでは,国家の存立の必要性を正面から認めるが,その濫用を防ぐ法的考慮はなされていない。これについては,政治的に正当かどうかが問題になるが,実質的合法性まで認めようとする議論もある。第3のものは,法と政治の接点にある問題として,抵抗権と似た性格をもつ。両者ともに憲法の存立をめざすものとされているが,抵抗権は国民によって不法な国家権力に対して行使されるが,国家緊急権は権力によって,対外的には外国に対して,対内的には国民に対して行使される。国家緊急権は,国家と憲法の存立を名目としながら,権力担当者の政治的目的達成手段となっていることが少なくない。
→緊急事態
執筆者:浦田 一郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…一般的には,戦争,内乱,天災地変等の事態が,通常の統治体制ではそれに対処できないと考えられる場合をさし,非常事態ともいう。このような事態に対処するための特別の権力を,国家緊急権と呼ぶ。明治憲法は緊急事態に対処するために,〈緊急勅令〉(8条),〈戒厳令〉(14条),〈非常大権〉(31条),〈財政上の緊急処分〉(70条)の措置を定めていた。…
※「国家緊急権」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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