抵抗権(読み)テイコウケン(英語表記)Widerstandsrecht[ドイツ]
right of resistance
droit de la résistance[フランス]

デジタル大辞泉 「抵抗権」の意味・読み・例文・類語

ていこう‐けん〔テイカウ‐〕【抵抗権】

不当な国家権力の行使に対して抵抗しうる国民の権利。

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精選版 日本国語大辞典 「抵抗権」の意味・読み・例文・類語

ていこう‐けんテイカウ‥【抵抗権】

  1. 〘 名詞 〙 国家権力の不当な行使に対して抵抗することができるとされる人民の権利。

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改訂新版 世界大百科事典 「抵抗権」の意味・わかりやすい解説

抵抗権 (ていこうけん)
Widerstandsrecht[ドイツ]
right of resistance
droit de la résistance[フランス]

抵抗権の厳密な定義については定説はないが,公権力ないしその行使に対して国民各個人ないしその集団が抵抗する権利が,ひろく抵抗権または反抗権と呼ばれる。その思想は古代ギリシアの暴君暗殺論にまでさかのぼる。その後,原始キリスト教における兵役拒否の実践や中世ゲルマン国家および封建国家における抵抗権思想等々へと展開するが,その思想的淵源は一様ではない。またカロリング国家契約(シュトラスブルクの盟約。842年)以来,この権利が文書の形式で確認される例も少なくない。有名なマグナ・カルタの61条にも一種の抵抗権が確認されている。近世以前における注目すべき抵抗権思想の発現はサン・バルテルミの虐殺事件(1572)を直接・間接の契機として輩出したモナルコマキ暴君放伐論者)の一連の著作である。その主張は宗教的,政治的,法的などさまざまであるが,なかでもカルビニズムの流れをくむモナルコマキの思想には,近世以降の抵抗権思想に大きな影響を及ぼす内容が含まれているように思われる。

近世以降の権利宣言において,抵抗権は人権として明文で定められるようになる。まずアメリカのバージニア権利章典(1776)には,その3条で,政府がその目的に反するか不十分であると認められた場合に,〈社会の多数の者がその政府を改良し,改変し,あるいは廃止する権利〉が〈疑う余地のない,人に譲ることのできない,また破棄しえない〉ものとして宣言されたし,続くアメリカ独立宣言(1776)にも同様の趣旨の表現が見いだされる。これらには,ロックの《市民政府論》(1690)等に典型的に見られる,自然権思想と信託思想に基づく抵抗権理論の直接的影響が見られることはよく知られている。ついでフランス人権宣言(1789)の2条は,〈人の消滅することのない自然権〉として,自由,所有権,安全とならんで〈圧制への抵抗〉を挙げたし,1793年のフランス憲法も,圧制への抵抗を〈それ以外の人権の帰結〉とし(33条),〈政府が人民の権利を侵害するときは,反乱は人民および人民の各部分にとって権利の中で最も神聖なものであり,かつ義務の最も不可欠なものである〉とした(35条)。これらの例における抵抗権は,既存の政府ないし国家体制の変革をめざす革命権を含んでいると見られる。

ゲルマン的抵抗権の伝統をもつドイツにおいては,フランス革命の影響を受けつつも,このような国家破壊的で革命的なニュアンスをもつ抵抗権の実定憲法典への導入に対しては消極的であった。フランクフルト憲法(1849)はもとよりワイマール憲法(1919)にも抵抗権規定はなく,単に若干の学者の著作で言及されるにとどまった。ところがナチズム体験を経た第2次大戦後のラント憲法の中に,抵抗権(ないし抵抗義務)を明文で規定するものが登場した(ヘッセンブレーメンベルリンなど)。たとえば代表的なヘッセン憲法(1946)の147条には〈憲法に違反して行使された公権力に対する抵抗は,各人の権利であり義務である〉と規定されている。ここには,19世紀末以来の法実証主義的法治国家論の支配の中で衰微していた自然法思想の復活の現象が見られる。また西ドイツの憲法典たるボン基本法(1949)も制定当初は抵抗権規定はもたなかったが,1968年6月の大改正で基本法20条に4項として追加された。それによると,自由で民主的な基本秩序を〈排除せんと企てるすべての者に対し,他の防衛手段がない場合には,すべてのドイツ人は抵抗権を有する〉とされるが,ここでは,その文言からして,公権力に対してだけでなく,既存の秩序の排除を企図する市民およびその集団に対しても,この権利が行使されうることになり,いわゆる〈戦う民主制〉の性格があらわれている。このような規定のしかたに対しては,本来の抵抗権概念からの逸脱であるとする批判がなされている。

ひるがえって,日本の憲政史上,抵抗権の思想は明治期以前にはほとんど見られないようであり,明治以降の憲法理論上も,この思想の発現はきわめて少ない。その中でとくに注目に値する例外は,植木枝盛の《東洋大日本国国憲案》(1881)であり,そこにはアメリカ独立宣言などを範とする,革命権を含む抵抗権規定が見られる(70~72条)。しかし明治憲法体制下で抵抗権が認められる余地はまったくなかった。日本国憲法も抵抗権の明文規定はもっていないが,学説の多くは,自由・権利の保持責任を定める12条などを根拠として,日本国憲法にも抵抗権が内在していると解している。

 現代の諸国の憲法典で抵抗権の明文規定をもつものは,先の西ドイツの場合を除けばあまり見られない。それは,民主政治の進展と人権保障のための諸制度の拡充によって,抵抗権の発動されるべき場合が少なくなってきていることによるものである。しかし,権力はつねに堕落・腐敗する可能性があるし,民主政治が現実には多数決原理に基づいている限り,個人ないし少数者の権利が顧慮されず,またはこれが不当に侵害される可能性も完全にはなくならない。したがって,多かれ少なかれ相対主義的世界観に立脚する民主主義の憲法においても,抵抗権規定を置くこと自体は,必ずしも論理的に矛盾するものではないし,人権尊重を基本原理とする立憲主義的憲法秩序を維持・擁護するために,公権力の濫用に対する最後の手段としての国民の抵抗権を宣言することは有意味でもあろう。しかしその規定のしかたには慎重な熟慮を要し,また現実問題としては,だれがこの権利の主体でありうるか,どこまでの手段・方法が許されるのか(受動的抵抗と能動的抵抗),抵抗権行使の正当性をだれが認定するのか,抵抗が失敗した場合には抵抗者はどうなるのか,等々の難問がある。そして抵抗権の問題は実定法秩序の枠の中だけではとらえきれない面を含んでおり,市民的不服従良心的兵役拒否のように,究極的には,権力と良心という,あらゆる政治社会にひそむ普遍的緊張にかかわる問題であることに留意すべきである。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「抵抗権」の意味・わかりやすい解説

抵抗権
ていこうけん
right of resistance

国家や政府などの公権力に抵抗する個人や集団の権利。反抗権ともいう。今日、抵抗権を憲法上、明文の規定としているものには、ボン基本法やラント(州)憲法であるヘッセン・ベルリン憲法などがあるが、抵抗権の意義は、人権保障や自由の確立、民主的政治制度の整備を求める思想原理という点にある。

[田中 浩]

市民革命前の抵抗権思想

抵抗権思想は古くはギリシア・ローマの時代、中世封建社会においてもみられたが、歴史上もっとも有名なものは、マグナ・カルタ第61条の次の文言である。「この25人のバロン(大貴族)は、全国の人々とともに、あらゆる可能な手段によって、すなわち、城、土地、財産の差押え、……その他可能な手段によって、彼らの(適当と)判断するとおりに改められるまで、朕に苛責(かしゃく)と弾圧とを加うべきものとする」。この条文は、国王に対する貴族の抵抗権を認めたものと考えられる。その後、イギリスでは、議会制度が整備されるなかで、国王・貴族・庶民の諸身分が議会の場で平穏に国政について討議する方式が定着したため、17世紀に入って国王と議会の対立が激化し、宗教闘争が顕在化するまでは抵抗権思想は一時期影を潜めた。これに対し、抵抗権思想は、宗教改革後の16世紀後半の大陸諸国家において華々しく展開された。それは、とくに、カトリック君主対プロテスタント臣民、プロテスタント君主対カトリック臣民との間で展開され、異教徒の君主は殺してもかまわない、といういわゆる「暴君放伐」の思想として登場した。なかでもオマンの『フランコ・ガリア』(1573)やランゲとモルネイの共著といわれる匿名の『暴君に対する反抗の権利』(1579)にみられる抵抗権思想は、フランスのユグノー(新教徒)をはじめ、広くヨーロッパ諸国の宗教闘争や政治闘争に巨大な影響を与えた。

[田中 浩]

近代的抵抗権思想の登場

カルビニズムは抵抗権思想の聖典といわれるが、カルバン自身は、市民個人の抵抗権は容認せず、君主の悪政については、君主より一段低い官職者や身分議会が君主に忠告できると述べるにとどまり、この考え方は位階制を重視する中世的抵抗権観念の伝統に属するものといえよう。

 近代的抵抗権思想はホッブズに始まる。彼は、もしも主権者が臣下に死を命じた場合には、あらゆる可能な手段によって逃亡してもよい、と述べ、また主権者が戦場に行くことを命じた場合には、主義・主張の理由からであれ、生命を失う恐怖感からであれ、臣下はなんらかの手段を講じて免れることもよしとする個人的抵抗権の思想を提起している。このような考え方は、今日の「死刑廃止論」の主張、「良心的徴兵拒否」の思想の先駆的形態として注目されよう。ここでの抵抗権思想は、人命の尊重を最高の価値を有するものとして位置づけているのである。封建社会においては、身分制秩序の維持が最優先され、佐倉惣五郎(そうごろう)の例にもみられるように、農民が幕府中枢部に直訴することは体制破壊者として、その理由のいかんを問わず死罪に処せられたのである。この点でホッブズの抵抗権観念は個人的抵抗権を認めたきわめて近代的な性格をもつものといえよう。また、もしも全国民がそれぞれ抵抗権を行使したとしたら、それは革命行動につながるから、ホッブズの抵抗権思想はロックの革命権思想の原型ともいえる。

 近代抵抗権思想史上もっとも有名なものはロックのいわゆる革命権の思想であろう。しかし、この革命権は、後のマルクスやエンゲルスのような体制変革を目ざして組織的に行う目的意識的な革命の戦略・戦術を駆使した運動を内容とするものではなく、抵抗権の行使が極限状況に達した形態とみるべきである。ロックは、政治に不満があるときには、まずはそれに耐えよと説き、不満が高じたときには、段階を追って上級機関に不満の救済・匡正(きょうせい)を申し出よ、と述べている。そして、全国民がもはや自分たちの生命が危機に瀕(ひん)していると認識した時点で初めて政府の交替、立法部の変更のために行動してもよいとし、それを革命権の行使とみなしているのである。当時のイギリスにおいては、いまだ後の解散制度のような平和的な行政部、立法部変更のルールは確立されていなかったから、ロックは、名誉革命は「天に訴える」(Appeal to the Heaven)やむをえざる行為であったとして、名誉革命を弁護し正当化しているのである。18世紀に入り、政党政治や議院内閣制の慣行が定着するなかで、「天に訴える」行為は、「国民に訴える」(Appeal to the Nation)行為という解散制度へと発展したのである。

 いずれにせよ、国家や政府の権力は国民の同意によって設定されるという民主主義的思想原理が確立された現代社会においては、憲法に明記されていようといまいと、抵抗権は自然権の行使として国民ひとりひとりに留保されているとみなされるべきであるし、抵抗権の極限状況は革命権の行使にまで行き着く性格をもつものであるといえよう。

[田中 浩]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「抵抗権」の意味・わかりやすい解説

抵抗権
ていこうけん
right of resistance; droit de résistance; Widerstandrecht

国家権力の不法な行使に対し,反抗する権利。革命権が非合法的・暴力的手段までも是認するのに対し,あくまでも合法性の枠内で,個人の良心のみをよりどころに抵抗する場合 (具体的には徴兵拒否など) は「市民的不服従 civil disobedience」と呼ばれる。抵抗権はこの両者を包摂する概念といえる。抵抗権の思想的淵源は古代にまでさかのぼることができるが,注目すべきは 16世紀後半以降のモナルコマキ (暴君放伐論) にみられる宗教的根拠づけをもった抵抗権の主張である。さらに近代市民革命期になると,J.ロックの思想によって自然権としての革命権が主張され,この思想はアメリカ独立宣言およびフランス人権宣言に具体化されることになった。しかし革命とは憲法の基本原理までも変更することであるから,現代国家において革命権が実定法的に規定されることはありえず,この権利を正当化するためには,実定法の上位にある自然法を想定するか,あるいはもはや法によって守られる「権利」を主張せず,あくまで個人個人の良心によりどころを求める以外にはないという理論的難点がある。その意味で,抵抗権の憲法理論上の位置づけについては学説が分れている。

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百科事典マイペディア 「抵抗権」の意味・わかりやすい解説

抵抗権【ていこうけん】

悪法や不正な国家権力の行使に対し人民の抵抗する権利。反抗権とも。中世欧州では暴君殺し(モナルコマキ)の理論として展開され,J.ロックにより自然法思想に基づいて近代化され,アメリカ独立宣言に取り入れられ,フランス革命後の人権宣言によって明文化された。今日ではこれを明記した憲法は少ないが,基本的人権の諸規定の根底には抵抗権が当然に前提されているという見解が強い。→悪法論
→関連項目確信犯基本的人権権利

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世界大百科事典(旧版)内の抵抗権の言及

【基本的人権】より

…彼によれば,人は自然状態のもとで人間としての生存に不可欠の自然権として固有の所有権propertyを有し,これには生命,自由,財産が含まれるのであるが,自然権をよりよく確保し,社会の安全を維持するために,他人との合意により政治社会すなわち政府を設立する。政府が信託に違反して人民の権利を奪うときは,人民に抵抗権がみとめられる。世界最初の人権宣言は,1776年6月12日に採択されたアメリカのバージニア権利章典である。…

【市民的不服従】より

…48年1月26日,彼はのちに《市民的不服従》として出版された講演を行った。ソローの思想には,奴隷制廃止論者W.L.ギャリソンらのキリスト教アナーキストやインドの思想の影響もあるというが,基本的には,アメリカ独立宣言が示した抵抗権の思想を発展させたものといえる。ソローの考えでは,民主主義制度のなかで抵抗権を行使する最後の方法が市民的不服従だった。…

※「抵抗権」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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