大黒舞(読み)ダイコクマイ

デジタル大辞泉の解説

だいこく‐まい〔‐まひ〕【大黒舞】

室町時代から江戸時代にかけて行われた門付け芸の一。正月大黒天の面をつけて赤い頭巾(ずきん)をかぶり、打ち出の小槌(こづち)を持って門口に立ち、新作した祝いの詞(ことば)を歌いながら舞う。民俗芸能として、山形県・鳥取県などに残存。 新年》
歌舞伎舞踊。常磐津本名題「舞奏(もうておりそえ)いろの種蒔(たねまき)」。天保12年(1841)江戸市村座初演。3世桜田治助作詞、5世岸沢式佐作曲。当時浅草奥山で評判の大黒舞を写したもの。

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世界大百科事典 第2版の解説

だいこくまい【大黒舞】

門付(かどづけ)芸の一種。正月,大黒天の姿を模して面や頭巾(ずきん)をかぶり,家々の門口で〈ござったござった,大黒天がござった〉などと,宝の槌(つち)を打ち振って祝歌(いわいうた)を歌い,三味線,太鼓に合わせて踊った。お福や夷(えびす)と連れ立つことが多かったらしい。室町時代にはすでに現れている。おもに祝福の詞章を歌ったものであるが,のちには種々の物まねや身ぶり芝居も演じたようである。【織田 紘二】

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大辞林 第三版の解説

だいこくまい【大黒舞】

門付かどづけの一種。室町時代から江戸時代にかけて、大黒天の姿で恵比須と連れ立ち、正月に祝言として身振りおかしく歌い舞ったもの。
歌舞伎舞踊の一。常磐津。本名題「舞奏もうておりそえいろの種蒔たねまき」。三世桜田治助作詞。1841年江戸市村座初演。浅草で当時評判の大黒舞を舞踊化したもの。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大黒舞
だいこくまい

七福神の大黒天に扮(ふん)して舞う祝福芸。中世なかばにはかなり行われていたらしく、『蔭凉軒日録(いんりょうけんにちろく)』の文正(ぶんしょう)元年(1466)の条に「彼知客、平日好大黒舞」とみえる。中世末には正月に宮中によく参入している。今日では、新潟県柏崎(かしわざき)市女谷(おなだに)の綾子(あやこ)舞に伴う囃子(はやし)舞の一つとして、また山形県西村山郡河北(かほく)町谷地(やち)のものは民謡的な舞踊として、兵庫県赤穂(あこう)市尾崎では恵比須(えびす)舞と対(つい)で門付(かどづけ)の遺風として伝承している。大黒頭巾(ずきん)をかぶり、手に打ち出の小槌(こづち)を持つのが決まりの扮装であるが、赤穂では大黒面をつける。鳥取市円通寺には三人遣い人形の大黒舞がある。[西角井正大]

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精選版 日本国語大辞典の解説

だいこく‐まい ‥まひ【大黒舞】

[1] 〘名〙 室町時代から江戸時代にかけて行なわれた門付芸の一つ。大坂や江戸を中心に遊芸人が大黒天の姿をまねて面と頭巾をつけ、打出の小槌を持って門ごとに立ち、毎年新作した祝の詞を唄いながら舞うもの。江戸では正月二日から二月初午頃まで吉原などで芝居狂言なども演じた。《季・新年》
※蔭凉軒日録‐文正元年(1466)閏二月一七日「彼知客平日好大黒舞、仍如此也」
[2] 歌舞伎舞踊。常磐津。本名題「舞奏(もうておりそえ)いろの種蒔(たねまき)」。三世桜田治助作詞。五世岸沢式佐作曲。天保一二年(一八四一)正月、江戸市村座初演。当時、浅草の奥山で評判の大黒舞の演技を写し、さまざまの口合いを言い立てながら踊った。

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