兵法あるいは軍学に関する書物。中国で漢代以前の書物を整理して,六芸,諸子,詩賦などの六つに分類されたなかの一つとして,その名称が立てられた(《漢書》芸文志)。そこでは兵書の内容に応じて兵権謀,兵形勢,陰陽,兵技巧の4種に分けられているが,権謀は謀慮をめぐらして敵の意表をつくことを主としながら,他の3種をも兼ねた中心的なもので,《孫子》や《呉子》など代表的な兵書はそこに属している。兵書のなかで最も古く,また最もすぐれた内容で大きな影響を与えたものは,《孫子》である。春秋末期の呉(?-前473)に仕えた孫武のものとされる。その後,戦国初期の楚に仕えた呉起のものという《呉子》が書かれ,戦国末期には《韓非子》の中で〈孫・呉の書を蔵する者は家ごとにあり〉とまで言われているが,《漢書》の目録では53家790編,図43巻が著録されている。
そして,その後の歴史を経て定着したものは《武経七書》あるいは単に《七書》とよばれるもので,宋の元豊年間(1078-85)に,武官の教育のために頒布されたのが始まりである。《孫子》《呉子》のほかに,春秋末期の斉の将軍司馬穣苴(じようしよ)の兵法を伝えるという《司馬法》,戦国時代の魏王に招かれた尉繚(うつりよう)の著書という《尉繚子》,周王朝の創業者太公望呂尚(ろしよう)の著と伝えられる《六韜》,黄石公が伝えたという《三略》の4書と,唐の李靖(りせい)が太宗のために兵を論じたものを後人が編集した《李衛公問対》を合わせたものである。《司馬法》は軍政を主とし,《尉繚子》は実戦をも合わせて賞罰の厳正をいい,《六韜》は最も内容豊富で戦闘技術に及び,この3書は戦国時代のおもかげを伝えているが,《三略》は後漢末の仮託であるらしい。なお歴代にわたって種々の兵書が書きつがれていったことはいうまでもないが,宋の《武経総要》は勅命によってそれらを集成したものである。
→兵法
執筆者:金谷 治
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
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