人形浄瑠璃。近松半二・松田ばく・栄善平・近松東南作。後見三好松洛。1771年(明和8)正月大坂竹本座初演。5段。角書に〈十三鐘絹懸柳〉とある。近松門左衛門の《大職冠》など藤原鎌足の蘇我入鹿誅戮に取材した先行作を踏まえ,大和に伝わる十三鐘や衣掛け柳,苧環(おだまき)伝説を加えて脚色したもの。道行は,豊後系の浄瑠璃にも改作されている。(1)初段 (a)大序(大内)。天智天皇は盲目となり,蘇我蝦夷(えみし)が権力をふるう。鎌足は謀反と疑われて身を隠す。太宰の後室定高(さだか)は,娘雛鳥に婿を迎えて家を相続させたいと願う。(b)中(春日野小松原)。大判事清澄の嫡子久我之助(こがのすけ)と雛鳥は,雨宿りを機に恋仲となる。鎌足の息女で,帝の寵愛を受ける采女(うねめ)の局は宮廷を出奔,付人の久我之助の手引きで姿をくらます。(c)詰(蝦夷館)。嫡子入鹿の内通によって蝦夷は滅亡。だが,入鹿の真意は,蝦夷が注目されている隙に,天下を覆す準備を進めることにあった。入鹿は叢雲(むらくも)の剣を奪い,位する。(2)二段目 (a)口(猿沢の池)。帝は采女が入水(じゆすい)した猿沢の池に行幸。入鹿反逆の報に,鎌足の子淡海(たんかい)は,そのまま帝を連れ去る。(b)奥(葛籠(つづら)山鹿殺し)。鹿を殺せば石子詰の刑に処せられることを覚悟の上で,狩人芝六は息子三作とともに,爪黒の牝鹿を射(い)殺す。(c)詰(芝六住家)。芝六実は鎌足の臣玄上太郎。三作は,父をかばって鹿殺しの罪を引き受ける。帝と淡海は芝六の家にかくまわれており,芝六は,二心なき証にと次男杉松を殺す。鎌足が,采女に御鏡を捧持させ,三作を従えて現れる。彼は,入鹿が心をかける采女を,入水と偽って手元にかくまっていたのである。また,石子詰の穴から,蝦夷の隠した御鏡と神璽が出現し,その奇跡によって三作は命が助かり,鎌足の家臣となった。御鏡の輝きに,帝の目は開く。(3)三段目 (a)口(太宰館)。入鹿は定高の館を訪れ,奈良の職人や商人・芸人に受領する。(b)奥(同)。入鹿は,領地の境界をめぐって太宰の家と争う大判事を召し出し,両家で采女をかくまっているのではないか,もし潔白なら,定高は雛鳥を側室に差し出せ,大判事は久我之助を出仕させよと命じる。(c)詰(山の段)。吉野川を挟んで,大和の妹山は太宰の領地,紀州の背山は大判事の領地。それぞれの仮屋に,雛鳥と久我之助が住んでいる。互いに恋心を抱きながら,ふたりは川を渡ることができない。大判事と定高が仮屋にやってくる。采女詮議の根を断つには,久我之助を切腹させるよりほかに道はないと大判事は考え,雛鳥に恋を全うさせるには,その首を討って差し出す以外に方法はないと定高は考えている。定高は雛鳥の首を斬り,川を渡して,切腹した久我之助のもとに届ける。死の婚礼。大判事も久我之助の介錯(かいしやく)をする。(4)四段目 (a)口(井戸替え)。酒商杉屋の隣は,烏帽子(えぼし)折り其原求女(そのはらもとめ)の住居。淡海は流浪し,入鹿に追われている。(b)奥(杉酒屋)。求女の家に,入鹿の妹橘姫が訪れる。求女と言い交わしている杉屋の娘お三輪は,それを知って求女を呼び,変わらぬ印にと赤い苧環を渡す。そこへ橘姫が現れ,ふたりで求女を争う。(c)道行。求女は橘姫に赤い苧環の糸を,お三輪は求女に白い苧環の糸を縫い付ける。(d)詰(入鹿御殿)。入鹿が酒宴を催すところに,鎌足臣従の使者として,網引き鱶七(ふかしち)がやってくる。入鹿はその真意を疑い,鱶七を殺そうとする。橘姫が戻り,後を追って求女がくる。求女こそ実は淡海。求女は橘姫に,入鹿の盗んだ御剣を奪うよう命じる。求女を追って,嫉妬のあまり御殿に踏みこもうとするお三輪を,鱶七実は鎌足の臣金輪五郎が刺す。お三輪は疑着(ぎちやく)(嫉妬)の相ある女。その女の生血と爪黒の鹿の血とを混ぜて笛に注いで吹けば,入鹿の心が萎えるという。笛の音に入鹿の気力は消え,御剣は鎌足の手に入る。(5)五段目 天下は治まり,都は江州志賀に移される。勅諚により,淡海と橘姫は結婚,三作は大判事の養子となる。
本作は,初演の年の8月,大坂の小川吉太郎座(中の芝居)で歌舞伎化されて以来,三・四段目を中心に上演が重ねられ,今日では,明治の団菊系の演出を土台に,歌舞伎の代表作の一つとなっている。〈山の段〉(歌舞伎では〈吉野川の場〉という)における大道具の工夫と配置の妙,客席を吉野川に見立て,両花道を使って演じられる大判事と定高の対話,御殿における鱶七の豪放な演技,可憐で哀れなお三輪の表現などがみどころ。なお,入鹿とお三輪,入鹿と求女を1人の役者が演じる場合もある。
執筆者:今尾 哲也
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浄瑠璃義太夫節(じょうるりぎだゆうぶし)。近松半二、松田ばく、栄善平(さかいぜんぺい)、近松東南(とうなん)、三好松洛(みよししょうらく)合作。時代物。5段。1771年(明和8)1月大坂・竹本座初演。藤原鎌足(かまたり)の蘇我入鹿(そがのいるか)討伐に、大和(やまと)地方の古伝説を織り込んだ作。人形芝居中興の当り作で、同年歌舞伎(かぶき)に移され、屈指の人気狂言になった。
初段(蝦夷館(えみしやかた))―蘇我入鹿は、無道な父蝦夷をいさめるとみせ、これが自滅すると、自分が帝位をねらう反逆を現す。二段(芝六(しばろく)住家)―入鹿は不死身の魔力をもつが、爪黒(つまぐろ)の鹿(しか)の血と疑着(ぎちゃく)(嫉妬(しっと))の相ある女の血を混ぜ鹿笛に注いで吹くと正体を失うのが弱点なので、猟師(りょうし)芝六、実は藤原家の臣玄上(げんじょう)太郎は禁制を犯して鹿を射る。三段目(吉野川)―大和国背山(せやま)の領主大判事(だいはんじ)清澄(きよずみ)の息子久我之助(こがのすけ)と、妹山(いもやま)の大宰(だざい)の後室定香(さだか)(または定高(さだか))の娘雛鳥(ひなどり)は、恋仲なのに、親代々の不和のため、親しく語ることもできない。しかし、入鹿から、服従のしるしに、大判事は息子を出仕させ、定香は娘を側女(そばめ)として差し出すことを命令されると、義と操(みさお)のため久我之助は切服、雛鳥も母の手にかかり、互いに恋人の無事を祈りつつ死ぬ。親同士の不和は解け、ともに入鹿討伐への協力を誓い、定香は娘の首を雛道具にのせて川へ流し、大判事のもとへ嫁入りさせる。四段目(杉酒屋、道行恋苧環(みちゆきこいのおだまき)、御殿)―鎌足の息淡海(たんかい)は、三輪(みわ)の里で烏帽子折(えぼしおり)求馬(もとめ)に身をやつして機をうかがううち、杉酒屋の娘お三輪(みわ)と入鹿の妹橘姫(たちばなひめ)に恋い慕われる。淡海は姫の裾(すそ)に、お三輪も淡海の裾にそれぞれ苧環の糸をつけ、あとを追って三笠山(みかさやま)の御殿へたどり着く。嫉妬に逆上したお三輪は、鎌足の使者として御殿にきていた漁師鱶七(ふかしち)、実は金輪(かなわ)五郎に刺される。入鹿退治に必要な疑着の相ある女の生き血入用のためと知ったお三輪は、恋人淡海に役だつことを喜んで死ぬ。鹿笛によって入鹿は魔力を失い、鎌足たちに征伐される。
雄大な構想と文章の妙、絢爛(けんらん)たる舞台技巧などで、王朝物を代表する名作である。「吉野川」は「山の段」ともよばれ、桜花爛漫(らんまん)の華やかな場面に哀切な詩情があふれる。人形浄瑠璃では初演以来掛合いで演じられ、歌舞伎では両花道を使う演出で有名である。「御殿」は高貴の館に漁師や町娘の登場する趣向が奇抜で、鱶七の豪快味やお三輪の娘心もよく描かれ、上演回数はことに多い。
[松井俊諭]
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…昭和半ばからは,それぞれの音曲の芸質,音程などが変化したので,演じにくくなっている。なお義太夫節には,《妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)》の〈山の段〉のように,義太夫節自体が上手と下手の床(ゆか)に分かれて演じられる掛合がある。義太夫以外の掛合でも,2種の音曲は上手と下手に分かれて演じるのが普通である。…
…変型の演出の〈誓納(せいのう)〉〈白式(はくしき)〉〈神道〉〈神遊(かみあそび)〉などは,いずれも神楽を重くみたものである。人形浄瑠璃《妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)》の原拠。【横道 万里雄】。…
※「妹背山婦女庭訓」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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