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宝塔寺 ほうとうじ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

宝塔寺
ほうとうじ

京都市伏見区にある日蓮宗の寺。山号は深草山。藤原基経の創建で,極楽寺という真言宗の寺院であったが,延慶3 (1310) 年住職の良桂が日像に帰依して法華の道場となり,寺号を鶴林院と改めた。

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デジタル大辞泉の解説

ほうとう‐じ〔ホウタフ‐〕【宝塔寺】

京都市伏見区にある日蓮宗の寺。山号は、深草山(じんそうざん)。昌泰2年(899)藤原時平の創立で、初め極楽寺と称し真言宗に属したが、のち、日像により法華道場となった。天正18年(1590)日銀によって中興され、現寺号に改称。総門・多宝塔室町時代の建築。

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大辞林 第三版の解説

ほうとうじ【宝塔寺】

京都市伏見区深草宝塔寺山町にある日蓮宗の寺。山号、深草山。嘉祥年間(848~851)藤原基経の創建。極楽寺と称し真言宗に属した。のち日像が日蓮宗へ改宗。1590年日銀が中興し、現寺号に改称。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

宝塔寺
ほうとうじ

京都市伏見(ふしみ)区深草宝塔寺山町にある日蓮(にちれん)宗の寺。山号は深草山(じんそうざん)。899年(昌泰2)摂政(せっしょう)関白藤原基経(もとつね)の嗣子(しし)時平(ときひら)が父の開運の旧地を卜(ぼく)して創立、極楽寺(ごくらくじ)と称して真言律の僧聖宝(しょうぼう)を開山に迎えたのに始まる。代々藤原氏の外護(げご)を得て栄え、道元も宇治に興聖寺を開く前は境内の安養院(あんにょういん)に住していた。その後まもなく、1294年(永仁2)日像(にちぞう)が日蓮の弟子としては初めて京都布教のため入京し、1307年(徳治2)時の当寺住持であった良桂(りょうけい)(第2代)を説伏して寺を日蓮宗に改めた。日像が1334年(建武1)妙顕寺を開いて京都に宗門の礎を築いた基はここにあり、日像をはじめ妙顕寺歴代住持はここに埋骨される。日像の廟所建立(びょうしょこんりゅう)ののちは鶴林院常寂寺(かくりんいんじょうじゃくじ)と称したが、応仁(おうにん)の乱、天文(てんぶん)の乱によって堂塔を焼失した。第8代日銀が1590年(天正18)から45年間にわたって本堂はじめ諸堂を再興して宝塔寺と改称した。多宝塔、総門、本堂は国の重要文化財。[浅井円道]

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