コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

宝暦暦 ほうれきれき

4件 の用語解説(宝暦暦の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

宝暦暦
ほうれきれき

宝暦4 (1754) ~寛政 10 (98) 年施行された太陰暦。「ほうりゃくれき」とも読み,正しくは宝暦甲戌元暦という。江戸幕府8代将軍徳川吉宗の命で,天文方西川正休渋川則休らが貞享暦改訂の準備を進め,西洋天文学に基づく改暦の準備の整った宝暦1年京都に上表したが,吉宗の死により実現せず,これを陰陽頭 (おんようのかみ) 安倍 (土御門) 泰邦が,西村遠里に梅小路司天台で3年間実験させ,『暦法新書』 (16巻) を大成して,同4 (甲戌) 年 10月 16日上奏し,同 19日施行。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ほうりゃくれき【宝暦暦】

1755年(宝暦5)より97年(寛政9)まで施行された暦法。撰者は土御門泰邦である。徳川吉宗の性急な改暦意図に沿うためという政治的な動機で行われた改暦により施行された暦法である。施行後わずか8年で日食予報に失敗し世の批判を浴び,1771年(明和8)からは佐々木文次郎の補正した修正宝暦暦が行われた。この後者のほうが長く使用されたが,いずれも貞享(じようきよう)暦の暦元の値を少し変えただけの新味のない暦法であった。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

大辞林 第三版の解説

ほうれきれき【宝暦暦】

1755年(宝暦5)から43年間用いられた暦。安倍泰邦らの編。それ以前に行われた貞享暦を改訂したもの。宝暦甲戌暦。

出典|三省堂
大辞林 第三版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

宝暦暦
ほうれきれき

日本の暦法の一つ。正しくは「宝暦甲戌(こうじゅつ)元暦」といい、この暦法によって編まれた暦書もこの名でよぶ。1754年(宝暦4)10月19日「貞享(じょうきょう)暦」を廃して翌年から施行され、1798年(寛政10)の「寛政(かんせい)暦」施行まで行われた。この暦法は、8代将軍徳川吉宗(よしむね)の西洋流天文学に基づく改暦の意を受けて、天文方西川正休(まさよし)や渋川則休(中途で死去)が改暦事業に携わった。しかし吉宗が死去し、西川正休と陰陽頭(おんみょうのかみ)土御門(つちみかど)(安倍(あべ))泰邦(やすくに)とが相いれないで西川が改暦事業から退けられるなどのことがあって、結局「貞享暦」をわずかに補正したにとどまった。[渡辺敏夫]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

宝暦暦の関連キーワード長沢芦雪(ろせつ)熊川呉敬梓コロンビア大学周期表森羅万象菅江真澄頭光日暮硯ホルベア

今日のキーワード

百条委員会

地方自治体が議決により設置する特別委員会の一つ。名称は「地方自治法第100条」に基づく。百条委員会は、地方公共団体の事務に関する調査を行い、関係者への聞き取りや記録の提出を請求、拒否した者には罰則が科...

続きを読む

コトバンク for iPhone

宝暦暦の関連情報