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崔致遠 さいちえん Ch'oe Ch'iwǒn

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

崔致遠
さいちえん
Ch'oe Ch'iwǒn

[生]憲安王2(858)
[没]?
朝鮮,新羅末期の文人。字は孤雲,海雲。諡は文昌侯。王都慶州の沙梁部出身。 12歳で渡唐。 18歳で唐の科挙に及第。黄巣の乱では高駢 (こうべん) の従事 (書記) となり,檄文を草して名をあげた。

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世界大百科事典 第2版の解説

さいちえん【崔致遠 Ch‘oe Ch‘i‐wŏn】

858‐?
朝鮮,新羅末期の文人。字は孤雲,海雲。王京(慶州)の人。12歳のとき唐に渡り,874年に17歳で唐の科挙に及第して官途につく。黄巣の乱(875‐884)に際して高駢(こうへん)の従事官となり,上表文,檄文等を草して文名を高めた。85年帰国して侍読兼翰林学士に任官されたが,国政の乱れに活動もままならず,93年遣唐使としての渡航も阻まれ,翌年真聖女王に〈時務〉10余条を献策した。のち乱世に絶望して各地をめぐり,ついに伽倻山海印寺に隠れすんだという。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

崔致遠
さいちえん
(857―?)

朝鮮、新羅(しらぎ)時代の学者、詩人。字(あざな)は孤雲。慶州の人。12歳のとき唐に留学、17歳で唐の科挙に及第するほどの秀才であった。黄巣(こうそう)の乱のとき、唐の将軍高駢(こうへん)(?―887)の従事官として従軍、数々の表状、書啓、檄文(げきぶん)などを書いたが、なかでも『討黄巣檄文』は有名。885年、28歳で帰国し、一時地方の長官を務めたこともあったが、国政の乱れを悲観、名勝地を流浪したのち、伽(かやさん)の海印寺(かいいんじ)に入り余生を送ったという。書家、美文家として一世を風靡(ふうび)。『鸞郎碑(らんろうひ)序文』は新羅の花郎(かろう)道を知るうえで重要な資料である。著書に『桂苑(けいえん)筆耕』『釈順応伝』など。1部20巻の『桂苑筆耕』は儒学者の文集としては朝鮮最古のもの。[尹 學 準]

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