コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

廻米(回米) かいまい

1件 の用語解説(廻米(回米)の意味・用語解説を検索)

世界大百科事典 第2版の解説

かいまい【廻米(回米)】

江戸時代,多量の米をある地点から他地点に輸送すること,またはその輸送米をいう。年貢米を徴収した幕藩領主は,一部を地払いすることもあったが,大部分を海路で大坂や江戸に回送し販売した(払米(はらいまい))。西日本および日本海沿岸からはおもに大坂に回送され,東海,関東およびそれ以北の太平洋沿岸からは江戸に回送された。瀬戸内海を海路とする西日本からの上方廻米は近世以前から展開し,豊臣政権が成立するに及んで多量の廻米がみられるようになった。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内の廻米(回米)の言及

【西廻海運】より

…このように西廻海運は事実上開拓されていたのであるが,それが安定した海運として確立するのは72年(寛文12)の江戸商人河村瑞賢による海運刷新によってである。 幕府より出羽国幕領米の江戸廻漕を命ぜられた瑞賢は,江戸に距離的に近い東廻りより航海の安全度の高い西廻りを採り,航路沿いを現地踏査あるいは人を遣わし,海路の利害,島嶼の危険,港湾の便をくわしく調査したうえで江戸廻米(かいまい)の計画を立てた。すなわち,(1)廻漕船は北国海運に慣れた讃岐の塩飽(しあく)島,備前の日比浦,摂津の伝法・河辺・脇浜などの廻船を用うべきこと。…

【東廻海運(東回海運)】より

…元和期(1615‐24)に入ると盛岡藩の蔵米などが三陸諸港から江戸に恒常的に輸送されるようになった。同じころ,仙台藩は北上川を大改修し河口の石巻湊を江戸廻米の積出港とするに及んで,同湊からの仙台・盛岡両藩の江戸廻米(廻米)が本格化した。さらに1625年(寛永2)青森湊が開港し,東廻航路は陸奥湾の諸湊と結ぶようになった。…

※「廻米(回米)」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

廻米(回米)の関連キーワード遠地点近地点走時地点着地点路線路程ビヨンドライトフライインオープニングポイント

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone