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志野焼 しのやき

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

志野焼
しのやき

安土桃山時代織部焼の一種として,岐阜県可児郡や土岐市を中心とした地方で焼かれた陶器。厚い胎土の大ぶりな器体に白い長石釉 (志野釉) をたっぷりかけて焼くのが特色。志野釉だけの無地志野,素地に鉄釉で簡素な絵や文様を描き,志野釉をかけた絵志野,白素地に自然の酸化鉄 (鬼板) をかけ志野釉を施した鼠志野,これと同じ手法で赤く発色した赤志野,白土に赤土を練込んで成形した練込志野などの種類があり,茶碗,水差し,鉢,皿などが作られた。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

志野焼

16世紀の桃山時代に可児市久々利など、美濃地方で焼かれ始めた陶器。日本人が作り出した初めての白い焼き物だ。白一色の無地志野、鬼板と呼ばれる鉄顔料で下絵付け(鉄絵)が施された絵志野、素地に鬼板や黄土を塗って赤みを持たせた紅志野、鬼板と粘土を混ぜた泥を塗ってから文様を白抜きにした赤志野や鼠(ねずみ)志野などがある。鈴木さんが師事した、人間国宝の故荒川豊蔵さんが昭和初期、桃山時代の志野の名陶が、美濃地方で作られたことを突き止めた。江戸時代に技法が途絶えた志野の再現にも成功した。

(2013-09-16 朝日新聞 朝刊 岐阜全県 1地方)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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デジタル大辞泉の解説

しの‐やき【志野焼】

桃山時代に美濃国から産した陶器。茶器が多く、長石質で半透明の白釉(はくゆう)を厚く施したもの。釉(うわぐすり)の下に酸化鉄で文様を描く絵志野のほか、加飾法によって鼠(ねずみ)志野・紅志野などに分かれる。志野。

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百科事典マイペディアの解説

志野焼【しのやき】

岐阜県土岐市の付近一帯で焼かれた陶器。天正〜元和ごろを盛期として,岐阜県大萱(おおがや)の製品が最もすぐれている。白い長石釉(ゆう)を厚く施した柔らかみのある雅趣に富んだ焼物で,無地志野,釉下に鉄で簡素な文様を描いた絵志野,鼠(ねずみ)色で彫り模様のある鼠志野,鉄釉を薄くかけた紅志野などがある。
→関連項目荒川豊蔵北大路魯山人香合瀬戸焼鉄絵

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大辞林 第三版の解説

しのやき【志野焼】

美濃(岐阜県土岐市・可児かに市付近)で産した陶器。桃山時代に盛んに焼かれ、茶器が多い。白い半透明の長石釉ちようせきゆうを厚くかけ、釉うわぐすりの下に鉄で簡素な絵を描く。絵志野・鼠志野・紅志野などがある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

志野焼
しのやき

桃山時代に始まる岐阜県の美濃焼(みのやき)の一作風で、長石釉(ゆう)(白釉)をかけた陶器の総称。長石に灰を加えた白釉が美濃焼で焼かれ始めるのは室町時代末期(16世紀中葉)とする説もあるが、長石単味の白釉が登場するのは桃山時代前期、天正(てんしょう)から文禄(ぶんろく)にかかる1580~90年代ではないかとする説が有力となりつつある。
 美濃焼は瀬戸焼から分派して成立した窯であるが、瀬戸焼が茶入れや茶壺(ちゃつぼ)に主力を傾けていた桃山時代に、新興のわび茶の世界でにわかに造形の魅力を問い始めた時代相を背景にして、茶碗(ちゃわん)、花入れ、水指(みずさし)、香合(こうごう)、香炉、そして食器類に創意を発揮したのが志野焼であった。当時すでに中国製の白磁や染付が全国的に広まっていたが、美濃窯は白釉を創始することにより、磁器の冷徹な味わいを離れた、和様の雅陶をつくりだしたのである。まず鉄絵の具を用いて釉下に文様を描くいわゆる絵志野が考案され、鉄分の多い鬼板(おにいた)を白素地(しろきじ)全面に塗りつぶしてから、文様を掻(か)き落として白釉を施す赤志野と鼠(ねずみ)志野、そして鬼板のかわりに黄土を用いる紅(べに)志野などの多彩な加飾法が案出されて、桃山ならではの当意即妙の文様を表した。なお桃山後期に流行する織部焼(おりべやき)の作風に近い絵志野は、俗に志野織部とよばれている。
 こうして江戸前期の17世紀まで志野は焼造されたが、1678年(延宝6)に瀬戸を訪れた土佐尾戸焼の陶工森田久右衛門(きゅうえもん)は、美濃窯に触れて、白い焼物が焼かれていることを記しながらも、直接には足を向けていないことからもわかるように、江戸時代に入るとその人気、作風は急速に低落した。
 志野焼の代表的な窯場としては、岐阜県可児(かに)市の牟田洞(むたぼら)、窯下(かました)、土岐(とき)市の久尻元屋敷(くじりもとやしき)、大富(おおとみ)、定林寺(じょうりんじ)、高根(たかね)の諸窯があげられる。また代表作としては、志野茶碗では「卯花墻(うのはながき)」(国宝)と「羽衣」の銘をもつものが双璧(そうへき)であり、志野芦絵水指(あしえみずさし)銘「古岸(こがん)」(重要文化財、東京・畠山(はたけやま)記念館)、鼠志野鶺鴒文鉢(せきれいもんばち)(重要文化財、東京国立博物館)、鼠志野柳文平鉢(やなぎもんへいはち)(東京・サントリー美術館)などがとくに名高い。[矢部良明]
『林屋晴三編『日本の陶磁2 志野』(1974・中央公論社)』

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