押・抑(読み)おさえる

精選版 日本国語大辞典 「押・抑」の意味・読み・例文・類語

おさ・える おさへる【押・抑】

〘他ア下一(ハ下一)〙 おさ・ふ 〘他ハ下二〙
[一] 上から下へ向けて力を加えつづける。
① 物が動かないように、手などで力を加える。押しつける。
万葉(8C後)一三・三二九五「やまとの 黄楊(つげ)小櫛を 抑(おさへ)刺す うらぐはし子 それそわが妻」
② 物を支えたり、注意をひいたりするために、手を押し当てる。手をかける。
※宇津保(970‐999頃)蔵開上「御丁のはしらををさへて立ち給つるを」
③ 気絶した者、病人などを介抱するために、手を押しあてる。
※今昔(1120頃か)二六「死入(しにいり)て不動(はたらかざり)けるを、和(やは)ら取り下して抑へたりければ、一時許(ばかり)有てぞ生たりける」
出入りの口などに手を押しあてる。ふさがるようにおおいかぶせる。
※高野本平家(13C前)一「知らせじとおさふる袖のひまよりも、あまりて涙ぞこぼれける」
⑤ 和歌、特に連歌で、ある語に特定の助詞を添えてその語が下の述語にかかる力を加える。
※連歌教訓(1582)「ぞとおさへては、ると留る也、桜の花ぞさかりなりける」
[二] 物事の活動をとどめる。
① 自由に動くことをおしとめる。また、むりにこちらの思うままにする。
(イ) 進み動いたり、ふえたりするのをくいとめる。
大和(947‐957頃)一七二「院も御車をさへさせ給ひて、『なにしにここにはあるぞ』と問はせ給ひければ」
(ロ) 自分の思い通りに支配する。他の意見、主張などをはじめから、また、途中でさえぎりとめたり、制限したりする。抑圧する。
※続日本紀‐天平宝字三年(759)六月一六日・宣命「人の心未だ定まらず在りしかば、〈略〉諸(もろもろ)の意(こころ)静まり了(は)てなむ後に、傍(かたへ)の上をば宣(のたま)はむと為てなも、抑閇氐(おさヘテ)在りつる」
(ハ) 動き回らないように、しっかりつかまえる。とりおさえる。
※平家(13C前)八「水の底で倉光(くらみつ)をとってをさへ」
② 涙や気持などが表に現われようとするのをとめる。感情を抑制する。こらえる。
書紀(720)顕宗即位前(図書寮本訓)「遂に億計王と、相抱(たづさ)へて涕泣(な)く。自ら禁(オサフル)こと能はず」
源氏(1001‐14頃)若菜下「堪へがたきをおさへて明かし給ふつ」
③ 相手のさそうとする杯をおし返してもう一度飲ませる。
※浮世草子・好色一代男(1682)三「いまだ古風やめず、一度一度におさえて酒ぶりかたし」
囲碁で、相手の石に接して、その進もうとする地点を占める。
温故知新書(1484)「約 ヲサフル 碁」
浄瑠璃・国性爺合戦(1715)九仙山「切ておさへてはねかけて、軍(いくさ)は花の乱れ碁や」
小舟で、舟を右に向かせるように櫓(ろ)を使う。
[三] 自分の支配下にとりこんで、手ばなさないようにする。
品物などについて、他人の自由にならないような処置をとる。さしおさえる。また、自分の手に入るように、前もって約束する。
※歌舞伎・恋慕相撲春顔触(1872)序幕「此の若殿の世になれば、十人扶持は押(オサ)へたもの、何とうまい口ではないか」
② 物事の大切な点を捜し出してしっかりつかむ。把握する。
団団珍聞‐六九三号(1889)「婦人に好れる成駒屋と男子を迷はす成田屋と成(なり)の字二つを以て押(オサ)へた今度の狂言なれば悪からう筈は無し」
[語誌](1)「おす(押)」に継続を表わす接尾語「ふ」の付いた形。これと語源を同じくする「おそう(おそふ)」は、語義の上では異なる変遷をたどっているが、古くは「圧」字を訓じて類似の意味に用いられることもあった。
(2)室町ごろから「おさゆ(る)」が使われ、「日葡辞書」にも「オサエ、ユル、エタ」とあるが、未然形・連用形は「おさふ」「おさへる」のそれと区別しにくいので、便宜上この項に入れ、「おさゆ」の項には、はっきり区別できる例のみあげた。→おさゆ
(3)「日葡辞書」の増補には、「おさゆる」の意味に「しいる、しいてさせる」があるが、これは(二)①(ロ) に当たり、「おさえて」の形で多く使われたものと思われる。→おさえて

おさえ おさへ【押・抑】

〘名〙 (動詞「おさえる(押)」の連用形の名詞化)
① 物が動かないようにささえたり、力を加えたりするもの。おもしや脇息(きょうそく)などをいうこともある。
※滑稽本・続膝栗毛(1810‐22)一一「コレきた八、そこにある石臼をおいらが両はうの肩の所へ、おさへにおいてもらひてへ」
② 敵が侵入するのを防ぐために、国境などを守ること。また、その軍勢。
※万葉(8C後)二〇・四三三一「しらぬひ 筑紫の国は 仇(あた)まもる 於佐倍(オサヘ)の城(き)そと」
③ 隊や行列のうしろにいて、備えや列の乱れを防ぎ整えるもの。しんがり。あとおさえ。おさえ番。特に、江戸時代では、中間(ちゅうげん)、小者などを支配して行列を整える役目の足軽をいう。
※伊達日記(1600頃か)上「流石多勢にて打通候間、可出様も無之候間、押をも不置打通候」
④ 土地などを実力で差押えること。
※六角氏式目(1567)二六条「御押之奉書可遣之次第、或喧嘩闘諍、或刈取立毛、壊取屋内、持取雑物類、火急之子細、急度被日限、御押可之」
⑤ 念を押すこと。
※浄瑠璃・鎌田兵衛名所盃(1711頃)上「さすがの清盛、悪源太のいかりを含む面魂、義朝のをさへの詞、後日いかがと思ひてや返す詞はなかりけり」
⑥ 「おさえもの(押物)①」の略。
※浄瑠璃・国性爺後日合戦(1717)嫁入式三献「爰(ここ)に納る三三九度、おさへの島台・大さかづき、それより乱酒・うたひ物」
⑦ 要求、不平などを制して自分の思い通りに人を支配すること。全体を統率すること。また、その力。→おさえがきく
※良人の自白(1904‐06)〈木下尚江〉前「自分の亭主の妾狂ひや、芸妓買の押へさへ出来ないんですものネ」
⑧ 感情が表に現われようとするのを抑制すること。
⑨ 相手のさそうとする杯を押し返してもう一度飲ませること。また、その杯の酒。
※浄瑠璃・傾城八花形(1703)好色八徳「酒宴の間(ま)をも合せつつ、あひのおさへの又あひも、つぎめかはりにさはりなく」
⑩ 和船を櫓(ろ)で漕ぐとき、櫓を手で前におしだす動作。また、その状態。強くすると舟は右に方向がかわる。⇔ひかえ
⑪ 囲碁で、相手がハネ、またはノビを打った時、それ以上の進出を阻止するため、その石の隣の地点に打つこと。

おさ・ゆ【押・抑】

〘他ヤ下二〙 (「おさふ(押)」から転じて、室町頃から用いられた語。多くの場合、終止形は「おさゆる」の形をとる) =おさえる(押)
※土井本周易抄(1477)一「陰は上から下ををさゆるぞ」 〔日葡辞書(1603‐04)〕

おさ・う おさふ【押・抑】

〘他ハ下二〙 ⇒おさえる(押)

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

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