弱法師
よろぼし
能の曲目。「よろぼうし」ともいう。四番目物。五流現行曲。金春(こんぱる)流は明治初期の復曲。他流も元禄(げんろく)(1688~1704)ころに再興したものとされる。世阿弥(ぜあみ)の長男、観世元雅(かんぜもとまさ)作。ただしクセの部分は世阿弥の作。河内(かわち)国(大阪府)高安の里の高安通俊(みちとし)(ワキ)は、人の讒言(ざんげん)を信じわが子を追放したことを悔い、天王寺で7日間の施しをしている。彼岸会(え)のにぎわいのなかに、盲目となり、乞食(こじき)の身となった俊徳丸(しゅんとくまる)(シテ)が現れ、梅の香にひかれつつ施行(せぎょう)を受け、天王寺の縁起を語る。彼岸中日の落日に極楽を念ずる日想観(じっそうかん)に続き、心眼に映る難波(なにわ)の景色に興奮した俊徳丸は、人々に突き当たり、盲目の境涯を思い知る。わが子と気づいていた父に伴われ、彼は故郷へと帰ってゆく。逆境にありながら、梅の香りのような詩心と、澄んだ諦観(ていかん)を失わぬ少年(青年の風貌(ふうぼう)の能面もある)として演出されるが、創作当時は妻を伴って出る脚本であった。影響を受けた後世の浄瑠璃(じょうるり)に『弱法師』『摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)』などがある。
[増田正造]
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弱法師
よろぼし
能の曲名。四番目物 (→雑物 ) 。各流現行。観世十郎元雅作。季は春。河内国高安の里の左衛門尉通俊 (ワキ〈素襖上下,小刀〉) は,人の告げ口でわが子の俊徳丸を追出したが,のちになって気にかかり,天王寺で7日間の施行を行う。満参の日にあたり,供人 (間狂言〈長上下,小刀〉) になお施行を命じる。悲しみのあまり盲目となり乞食に身を落し,弱法師と呼ばれていた俊徳丸 (シテ〈弱法師の面,黒頭,水衣,杖〉) は,おりしも寺に来て施行を受け,寺の縁起などを語るうち,父はわが子と気がつくが,昼は人目もあり,観法の一つ,日想観 (にっそうかん) を子にすすめる。弱法師は見えぬ目であたりの風景を賞しながら狂い舞う (イロエ) 。夜ふけて訪れた通俊は,親子の名のりをし,俊徳丸の手をとって高安の里へ帰っていく。小書 (こがき) に「盲目之舞」 (観世,金剛) ,「双調之舞」 (宝生) ,「舞入」 (喜多) などがある。典拠未詳。巷説による創作か。浄瑠璃その他へ影響した。
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よろ‐ぼうし ‥ボフシ【弱法師】
[1] 〘名〙
① よろよろした法師。よろよろした
乞食坊主。よろぼし。
※説経節・説経しんとく丸(1648)下「『これなるこつがいにんな、物おくはぬか、よろめくは。いざやいみゃうおつけん』とて、よろほうしとなおつけ」
②
近世に行なわれた
遊戯。縄を二人の足に結びつけ、互いに引きあって勝負を争うもの。
※日次紀事(1685)正月「或繋
二縄於両人之
一而互引
レ之、是謂
二透逃子
(ヨロホウシ)一」
[2]
謡曲。四番目物。各流。観世十郎元雅作。クセは世阿彌作。河内国高安の里の左衛門尉通俊は、ある人の讒言
(ざんげん)を信じて子の俊徳丸を追い出すが、後になってあわれに思い、子の二世安楽を念じて天王寺で施行をする。俊徳丸は今は盲目のこじきとなって弱法師と呼ばれているが、折りしも天王寺を訪れこの寺の縁起などを語る。それを見て通俊はわが子と気づくが、人目をはばかって夜になってから親子の名乗りをあげ、ともに高安に帰る。よろぼし。
よろ‐ぼし【弱法師】
(「よろぼうし(弱法師)」の変化した語)
※世阿彌筆本謡曲・弱法師(1429頃)「これにいでたるこつかいにんは いかさまれいのよろほしか」
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よろぼし【弱法師】[作品名]
謡曲。四番目物。観世元雅作。大坂の天王寺で高安通俊が、諦観に身を置く弱法師という盲目の乞食に会い、それがわが子の俊徳丸と知る。よろぼうし。
日本画家、下村観山の代表作。絹本金地着色による六曲一双の屏風。
の一場面で、盲目の俊徳丸が四天王寺で日想観を行う姿を描いたもの。大正4年(1915)制作で、再興第2回院展の出品作。国指定重要文化財。
三島由紀夫の戯曲。
をモチーフとする1幕の近代劇。昭和35年(1960)、「声」誌に発表。昭和40年(1965)初演。「近代能楽集」の8作目。
よろ‐ぼし【▽弱▽法師】
「よろぼうし」の音変化。
「これに出でたる乞丐人は、いかさま例の―か」〈謡・弱法師〉
[補説]作品名別項。→弱法師
よろ‐ぼうし〔‐ボフシ〕【▽弱法師】
よろよろ歩く法師。よろぼし。
「―わが門許せ餅の札/其角」〈猿蓑〉
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弱法師【よろぼし】
能の曲目。〈よろぼうし〉とも。四番目物。狂乱物。観世元雅作。クセは世阿弥作。五流現行。讒言(ざんげん)で家を追われ,盲目となって天王寺の乞食の群れに身を投じながら,清らかさと風流心を失わぬ少年俊徳丸を描く。心眼に映る難波の浦の落日に興奮して狂うところが見せ場。人形浄瑠璃《摂州合邦辻》の原作。
→関連項目狂乱物
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よろぼし【弱法師】
能の曲名。四番目物。観世元雅(もとまさ)作。ただしクセは世阿弥作らしい。シテは俊徳丸。河内の高安に住む高安通俊(みちとし)(ワキ)は,人の告げ口でわが子の俊徳丸を追い出したが,それを後悔して,功徳のため天王寺で7日間の施しを行った。その施行(せぎよう)の場に,弱法師と呼ばれている盲目の少年(シテ)が来て施しを受ける。弱法師は乞食の身ながら,梅の匂いに気持ちを通わす清純な心の持主で,天王寺の縁起を説く曲舞(くせまい)を語って聞かせる(〈クセ〉)。
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世界大百科事典内の弱法師の言及
【能面】より
…平太(へいた)と中将は特に武将の霊に用い,頼政や景清,俊寛など特定の人物への専用面も現れた。喝食(かつしき),童子など美貌若年の面のなかにも,蟬丸や弱法師(よろぼし),猩々(しようじよう)といった特定面ができてくる。(4)は最も能面らしい表現のものといわれ,若い女面として小面(こおもて),増(ぞう),孫次郎,若女の4タイプがあり,それぞれ現在は流派によって使用を異にしている。…
【信徳丸】より
…純粋に仏教的な霊験を語る話ではあるが,継母の讒言や奸計によって盲目となる太子には,後の信徳丸の面影がある。能の《弱法師(よろぼし)》もまた忘れてはならぬ作である。さる人の讒言とあって継母の姿はないが俊徳丸の名が見え,天王寺の西門,右の鳥居を舞台とする日想観(につそうかん)信仰が取り入れられ,盲目の俊徳丸の心眼に映る四方の景観が,そのまま悉皆(しつかい)成仏の浄土を思わせる美しさに輝く。…
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