政治技術(読み)せいじぎじゅつ

改訂新版 世界大百科事典 「政治技術」の意味・わかりやすい解説

政治技術 (せいじぎじゅつ)

政治という概念はさまざまに異なった定義が可能であるが,それに応じて政治技術という言葉も多様な意味をもちうる。もっとも一般的には,政治とは,人間による人間の統制コントロール),すなわち,〈人を動かす〉ことであり,政治技術とは,〈人を動かす〉ためのすべての技術であって,あらゆる処世術を含む。他方,やや限定的に,政治とは,意見の相違や利害の対立を調整し,紛争を解決することであるということもできる。この定義は逆に,政治とは,多様な諸利益を統合し,共通の利益を実現していくことであるといいかえることもできる。したがって,政治技術とは,対立を調整する技術,あるいは共通の利益を実現するための技術であるといえよう。この定義を公共経済学の用語で表現すれば,政治とは,集合的利益の実現にかかわる集合的選択の過程であり,市場媒介とした個別的利益の実現にかかわる個別的選択の過程と対をなす概念である。政治技術とは,この政治過程で,個別的利益を集合的利益,個別的選択を集合的選択と意図的に統合するために必要な技術であるといえよう。したがって,あらゆる集団生活において政治は存在し(企業内政治,学界政治),そこで有効な技術というものも存在する。

 ところで,一般に,集合的利益が実現されるためには,特定の人間によってそれが発見され,追求されなければならない。そのためのイニシアティブリーダーシップを担う人間を組織人organizerあるいは政治的事業家political entrepreneurと呼ぶ。彼らは,政治のために生きる篤志家であることもあれば,政治によって生きる職業的政治家であることもある。いずれにせよ,彼らは集合的利益の実現により大きな関心をもち,政治に必要な負担(コスト)と危険(リスク)を担う。多くの場合,彼らは集合的利益の実現に付随する個別的利益(収入,権力,社会的名声など)を得る。したがって,彼らの活動は容易に集合的利益の追求に名を借りた個別的利益の追求に堕する。こうなると政治技術は,そのカモフラージュのための技術となる。〈政治的〉という言葉がしばしば非難の意味あいをおび,警戒・不信の念を起こさせるのはそのためである。

 政治技術には,大別して,組織人の側に権力,権威,富,マスコミュニケーション手段などの統制手段が集中している場合の技術と,そうでない場合の技術とがある。前者の一例としては,政治権力のもつ強制力を行使する場合には,制裁の選択的行使,そのタイミング,可視性などについての慎重な配慮が必要となることがあげられよう。あるいは,権威を効果的に演出するための技術については,古来多くの政治学者の論議の的であった。さらに,近年では大衆宣伝政治宣伝)についての研究は,政治学の主要な一テーマとなっている。これらの技術は,いずれも演劇における演技,演出の技術との共通性をもつ(〈演技〉の項の〈政治的世界における演技〉を参照)。他方,組織人が以上の統制手段をもたない場合には,あくまで相手の自主的な判断を前提とせざるをえず,強制や大衆操作の場合とちがって,合意の形成,対立の調整には,多くの時間と労力が不可欠となる。組織人は説得根回し妥協などの方法を通じて,合意の形成を図らざるをえない。ここでは組織人の政治的技術こそが彼の唯一の政治的資産(リソース)となり,まさに彼自身の政治的技量が問われるわけである。

 ところで,政治は特定の文化をもった人間を対象としているのであるから,政治技術が有効であるためには,当然その文化に適合的なものでなければならない。腹芸,根回し,手打ち,あるいはオルグ,総括など,他の文化に翻訳不可能な用語が生まれるのはそのためである。しかし他方で各文化に共通な政治技術ももちろん存在する。例えば,強制力は安全と自由という一般的な価値にかかわるものであるため,その行使の技術に関しては特定の文化を超えた共通性がみられる。また統制を伴わない場合の政治技術は,一般に文化的特性を強く反映するが,他方で次のような共通のパターンも説かれる。すなわち,市場における交換を基礎とした個別的選択と比較して,集合的選択はほとんどの場合,(1)実現される価値の大きさが各人にとって計測しにくく,また(2)そのための負担との関係が必ずしも明らかでない。市場における価格の機能を果たすものが欠けているからである。さらに,集団が大きくなれば,(3)集合的利益の実現のための投資は長期的なものたらざるをえない。それゆえ,組織人には操作の可能性が高まるともいえるが,実はこの集合的利益に伴うあいまいさは,組織人がみずからの個別的利益を追求しうるという前述の可能性とあいまって,組織人に対するばくぜんとした不信,警戒の念を生み出す。このため組織人にはこの消極性を打ち破ることがもっとも大きな課題となる。経済の場合以上に,個人的信頼とその演出が重大な意味をもつのはそのためである。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の政治技術の言及

【説得】より

政治技術の一形態。ある主体Aが,合理的議論を通じて,他の主体Bの判断を変え,それによってBの行動に影響を与えること。…

※「政治技術」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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