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横光利一 よこみつ りいち

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美術人名辞典の解説

横光利一

小説家。福島生。早大中退。菊池寛を知り、『文芸春秋』創刊に際し同人となり、『日輪』『蠅』を発表、新進作家として知られ、のちに川端康成らと『文芸時代』を創刊する。伝統的私小説プロレタリア文学に対抗し、新しい感覚的表現を主張、〈新感覚派〉の代表的作家として活躍。昭和22年(1947)歿、49才。

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デジタル大辞泉の解説

よこみつ‐りいち【横光利一】

[1898~1947]小説家。福島の生まれ。本名、利一(としかず)。川端康成片岡鉄兵らと「文芸時代」を創刊し、新感覚派の中心となった。新心理主義に立ち、昭和初期の代表作家として活躍。作「日輪」「上海」「機械」「旅愁」など。

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百科事典マイペディアの解説

横光利一【よこみつりいち】

小説家。福島県生れ。早大中退。菊池寛を知って,1923年《文芸春秋》同人となり《蠅》《日輪》で認められた。翌年川端康成らと《文芸時代》を創刊して新感覚派として活躍,《上海》を書いた。
→関連項目片岡鉄兵今東光福田恆存文芸時代森敦

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

横光利一 よこみつ-りいち

1898-1947 大正-昭和時代の小説家。
明治31年3月17日生まれ。大正13年川端康成らと「文芸時代」を創刊,新感覚派の旗手となる。のち心理主義に転じた。昭和10年純文学と通俗小説の融合をとなえた「純粋小説論」を発表。11年の渡欧をきっかけに長編「旅愁」にとりかかったが,昭和22年12月30日未完のまま死去。50歳。福島県出身。早大中退。本名は利一(としかず)。作品はほかに「日輪」「上海」「機械」など。
【格言など】純文学にして通俗小説,このこと以外に,文芸復興は絶対に有り得ない(「純粋小説論」)

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世界大百科事典 第2版の解説

よこみつりいち【横光利一】

1898‐1947(明治31‐昭和22)
小説家。福島県生れ。早大中退。《文章世界》などへの投稿,富ノ沢麟太郎中山義秀らとの同人雑誌《街》《塔》を経て,菊池寛に認められ,〈日輪〉〈蠅〉を同時発表して1923年文壇に登場。この前後の作では〈悲しみの代価〉〈御身〉などが注目される。24年,川端康成,片岡鉄兵らと《文芸時代》を創刊。既成のリアリズムに対して新しい表現を目指し,新感覚派の文学運動を展開。プロレタリア文学にも対抗した。28‐29年にはプロレタリア派の蔵原惟人らとの間で,文学の形式と内容に関して〈形式主義文学論争〉が交わされた。

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大辞林 第三版の解説

よこみつりいち【横光利一】

1898~1947) 小説家。福島県生まれ。早大中退。昭和文学を代表する作家の一人。川端康成らと「文芸時代」を創刊、新感覚派の闘将として出発、言語・心理・風俗など現代小説の課題と取り組んだ。代表作「日輪」「上海」「機械」「紋章」「旅愁」

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

横光利一
よこみつとしかず

[生]1898.3.17. 福島,東山温泉
[没]1947.12.30. 東京
小説家。 1916年早稲田大学予科に入学したが5年後に中退。『日輪』 (1923) ,『蠅』 (23) の巧みな構成と新鮮な文章表現で認められた。 24年菊池寛の周囲にいた新人作家中河与一,川端康成,今東光らと『文芸時代』を創刊して,いわゆる新感覚派運動の先頭に立ち,『上海 (シャンハイ) 』 (28~31) にその集大成を示した。

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横光利一
よこみつりいち

「横光利一 (よこみつとしかず)」のページをご覧ください。

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世界大百科事典内の横光利一の言及

【機械】より

横光利一の短編小説。1930年(昭和5),《改造》に発表。…

【純文学】より

…この読者層に呼応するかたちで私(わたくし)小説が書かれ,それが大正,昭和前期の文壇小説の主流をなした。こうしたせまい純文学の流れに拮抗して,横光利一は〈純文学にして通俗小説〉を提唱し,それまでの純文学が排していた偶然性を重視し,物語的伝統と近代小説の知的高度さを併合させようとして〈純粋小説論〉(1935)を展開した。また,昭和初期のプロレタリア文学の台頭は芸術の大衆化の問題を提起するとともに,身辺雑記的な私小説を超える社会意識,階級的自覚を作家に要求するものであったため〈純文学〉の理念はこの面からも時代の波にさらされることになった。…

【新感覚派】より

…文学流派。1924年(大正13)10月に同人雑誌《文芸時代》(1927年5月終刊)が創刊され,そこに結集した横光利一,川端康成,中河与一,今東光,片岡鉄兵らがこの名で呼ばれ,表現技法の革新を行った。命名者は千葉亀雄で《世紀》24年11月号誌上の文芸時評で〈新感覚派の誕生〉をうたったことによりこの名が文壇に定着した。…

【旅愁】より

横光利一の長編小説。1937年から46年にかけて各紙誌に断続して連載され,作者の死によって未完。…

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