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新発田[市] しばた

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百科事典マイペディアの解説

新発田[市]【しばた】

新潟県北部の市。1947年市制。中心市街は越後平野北部にあり,近世は新発田藩城下町として発達した。1884年歩兵連隊がおかれて以後は軍都として発展,現在は陸上自衛隊が駐屯。
→関連項目白新線

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世界大百科事典 第2版の解説

しばた【新発田[市]】

新潟県越後平野北部にある市。1947年市制。人口8万0498(1995)。市域の東部は飯豊(いいで)山系,西部は加治川などのつくる扇状地,およびその前面に広がる沖積低地からなる。中心市街地は近世初頭,溝口秀勝が入封し,新発田藩の城下町として発達した。当時,付近には低湿地が多かったため,歴代の藩主は治水,干拓,新田開発に努め,その後穀倉地帯が形成された。城跡には1884年歩兵第16連隊が設置され,戦前は軍都であり,1957年には陸上自衛隊駐屯地となった。

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世界大百科事典内の新発田[市]の言及

【越後国】より

… これに対し,豪族が根強く勢力をはったのは,守護のいた府内から遠く離れた阿賀北地方である。鎌倉末~南北朝期の争乱で,下越きっての雄族佐々木加地氏は宗家の没落をまねいていたが,一族のうちから新発田(しばた)氏のように内乱期に成長をとげた者も出ていたし,秩父一族,三浦和田一族はすでに鎌倉期に独立した諸家,前者の本庄,色部,後者の中条,黒川などの諸氏,白河荘でも水原,安田氏など,あげて勢力を増大させていた。国人領主と呼ばれる彼らは所領の分割相続制をやめて,単独相続制に移行し,一族・庶子は所領給分を与えられて被官化=家臣化が強められていた。…

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