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日本勧業銀行 にほんかんぎょうぎんこう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

日本勧業銀行
にほんかんぎょうぎんこう

1897年6月日本勧業銀行法(勧銀法)に基づき,農工水産業の改良,発達を促すため長期資金を供給する特殊銀行として設立された。創業時の資本金 1000万円。当時は預金業務は許されず,債券発行が認められていた。

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デジタル大辞泉の解説

にっぽん‐かんぎょうぎんこう〔‐クワンゲフギンカウ〕【日本勧業銀行】

明治30年(1897)日本勧業銀行法に基づいて設立され、昭和25年(1950)普通銀行に転換した銀行。昭和46年(1971)第一銀行と合併、第一勧業銀行と改称。平成12年(2000)日本興業銀行富士銀行と共に持株会社みずほホールディングスを設立。平成14年(2002)に3行が統合・再編されて、みずほ銀行およびみずほコーポレート銀行となった。勧銀。

にほん‐かんぎょうぎんこう〔‐クワンゲフギンカウ〕【日本勧業銀行】

にっぽんかんぎょうぎんこう

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

日本勧業銀行
にほんかんぎょうぎんこう

殖産興業政策推進の観点から明治10年代より構想されてきた特殊銀行として設立された金融機関の一つで、「勧銀」と略称された。日清(にっしん)戦争後の企業勃興(ぼっこう)期であった1896年(明治29)制定の日本勧業銀行法により翌97年2月に資本金1000万円で開業した。不動産担保による長期資金供給の専門金融機関としての性格をもち、長期低利による農業開発資金、地方公共団体の耕地・農道・水路などの整備・改良資金などの貸付が期待されていた。その運用資金は主として債券発行で調達されるものとされた。開業当初には紡績業への救済融資もあったが、耕地整理資金の供給など農業面へ貢献するところが大きかった。しかし、明治末年には殖産興業政策の性格を漸次喪失し、大正期にかけて市街地不動産金融が増大した。大正末から昭和初年にかけて不動産金融の資金化など救済金融機関化するが、この間、代理貸付制度を通して関係の深かった農工銀行との合併がしだいに進められた。第二次世界大戦中から預金銀行としての色彩を強くしていたが、戦後1948年(昭和23)にGHQ(連合国最高司令部)が特殊銀行廃止の方針を打ち出すと、50年5月に普通銀行に転換、71年10月には第一銀行と合併して第一勧業銀行となった。第一勧業銀行は2002年(平成14)4月、富士銀行、日本興業銀行と分割および合併し、みずほ銀行、みずほコーポレート銀行に統合・再編された。[岡田和喜]
『大蔵省編『明治大正財政史 第15巻』(1938・財政経済学会) ▽日本勧業銀行調査部編・刊『日本勧業銀行史』(1952)』

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