日本語を第一言語としない話者に対する教育。学習の目的によって、おもに次の4通りに区別される。
(1)外国語としての日本語教育Japanese as a foreign language 日本語をある目的で一時期学習する場合。
(2)第二言語としての日本語教育Japanese as a second language 母語(第一言語)を習得した出身国に戻らず、日本に定住して日本語を外国語としてではなく第二言語として学習する場合。
(3)継承語としての日本語教育Japanese as the heritage language 海外に在住する日系人子弟が親世代の言語文化を保持し継承することを目ざして学習する場合。
(4)母国語としての日本語教育Japanese as the national language 海外に居住する日本人家族の児童・生徒たちが日本語補習校などで日本語を国語の教科目として学習する場合など。
一般的に日本語教育という場合は、学習者数がもっとも多い(1)の意味で用いられる。日本語教育は、日本国民に対する国語教育と比べて、その教育理念、指導内容および方法、学習上の問題点などに大きな相違がみられる。また、学習者の国籍・母語・年齢・学歴・経歴、学習の動機や目的、到達目標、学習期間、学習環境などもきわめて多様なため、これらの諸条件に適合するような日本語教育を支える教授法、レベル別カリキュラム、母語別・目的別教材や教具、学習材の開発が必要である。
[奥田邦男]
明治期以降、第二次世界大戦終了までの日本語教育は、植民地における他民族への日本語・日本文化による支配の一翼を担う傾向が強く、日本の植民地となった台湾、朝鮮半島、旧満州(中国東北部)では、日本語の使用が強制された。さらに、日本が大東亜共栄圏を目ざした東南アジア諸国で行われた日本語教育も、外国語としての日本語教育というよりは、学習者の母語の使用を抑圧し、皇民化政策を意図した国語教育的性格が強かった。日本の植民地での日本語教育の実践をもとに、『外国語としての我が国語教授法』(1933)、『日本語教授法原論』(1943)などをまとめた山口喜一郎の研究は特筆すべきである。一方、アメリカにおいては、対日戦線を有利に導くために、言語学者ブロックBernard Bloch(1907―65)らの構造言語学的手法による日本語の科学的分析の成果が、陸軍特別集中日本語コースの教育に生かされ、ドナルド・キーン、サイデンステッカーなど多くの親日家を輩出したのは、敵性言語として英語の使用を禁じた日本とは対照的である。ブロックの日本語研究は、その後、寺村秀夫(1928―90)の日本語学研究などに大きな影響を与えた。
第二次世界大戦後は、国際社会における日本の政治的・経済的地位の向上に伴い、日本語教育は平和的な国際交流のための手段、異文化理解の基礎として重視され、海外の日本語学習者数は年々増加の一途をたどっている。政府は欧米諸国並みの留学生受入れを早期に達成するため2009年(平成21)「留学生30万人計画」を発表、2020年の目標達成を目ざしている。
[奥田邦男]
国内の日本語教育を学習目的別にみると、以下のようになる。
(1)大学・大学院などで、留学生が勉学、研究活動を行うために必要な日本語能力習得を目ざした日本語予備教育、日本語・日本事情教育、日本語による専門教育。留学生の専門領域は文科系、理工系、医歯薬系など幅広く、日本語教育と専門教育の連携によるアカデミック・シラバス(授業細目)の構築が望まれる。大学内の留学生センターや留学生別科で行われる。
(2)日本語学校等で専門学校、大学、大学院への入学を目ざして日本語を学ぶ留学生・就学生を対象にした日本語教育。なお2010年(平成22)7月より就学生は留学生に一本化された。
(3)企業等が受け入れる海外からの技術研修生を対象にした速習日本語教育。
(4)経済協力協定などに基づいて来日する看護師・介護福祉士候補者のための日本語教育。国家試験の設問の漢字に振り仮名をつけるなど特別な工夫や配慮も必要である。
(5)海外子女(帰国子女)、外国人労働者の子弟などの児童・生徒を対象にした、学校教育のなかで行われる第二言語としての日本語教育。
(6)地域の公民館等でボランティアたちによって行われる、定住外国人を対象にした生活日本語の教育。これには行政による多文化共生社会の推進が必要である。
(7)日本国内の企業で働く外国人ビジネスマンを対象にしたビジネス日本語の教育。
このように、日本国内における日本語教育は多様化の傾向がみられる。また、NHKの教育テレビや衛星放送などのマスメディアによる日本語講座の普及は、日本語教育の裾野(すその)を広げるのに役だっている。
国内の日本語学習者の数は16万6631人に上り、日本語学校など一般の機関・施設における学習者がそのうちの7割以上を占める。学習者の出身国・地域は中国がもっとも多く、以下、韓国、ブラジル、アメリカ、台湾、フィリピン、ベトナム、インドネシア、タイ、日本、ペルー、ネパール、インド、フランス、イギリス、マレーシア、ドイツなどと続く(データはすべて2008年、文化庁調べ)。学習者の母語も、中国語、英語、韓国・朝鮮語、ポルトガル語、日本語、フィリピノ語、タイ語、マレー語、インドネシア語、スペイン語などと多様であり、日本語教育のための対照言語学的研究や母語別(漢字圏・非漢字圏別)教材や学習材の開発が必要である。
1984年(昭和59)に外国人日本語学習者の日本語能力を測定する「日本語能力試験」が始まり、受験者は年々増加し、2008年(平成20)には日本国内で10万9247人、海外で44万9810人が受験した。2010年からは「新日本語能力試験」として実施されている。
一方、日本語教師に対しては、1986年(昭和61)から日本語学校で日本語を指導する能力があることを認定する「日本語教育能力検定試験」が行われている。1989年(平成1)には日本語学校の質的向上を図るため財団法人日本語教育振興協会が設立され、日本語教育施設の審査・認定にあたっている。
国内のおもな日本語教育の研究機関には、各大学、大学院の日本語教員養成課程、留学生センターなどがある。1948年(昭和23)に設立された国立国語研究所は長年にわたって日本語および日本語教育の研究を蓄積してきたが、2001年(平成13)に独立行政法人となり、2007年には大学共同利用法人人間文化研究機構に移管されて研究活動を継続している。全国的な規模の学会には日本語教育学会、異文化間教育学会がある。
国際化が進む社会のなかで、政府は一貫した日本語教育振興政策を打ち出す必要がある。
[奥田邦男]
海外の日本語学習者人口は年々増加の傾向をたどり、1990年時点では100万人に満たなかったが、1990年代末には210万人を超え、2006年(平成18)には298万人に達した。日本語学習者が多い国・地域は、韓国(91万0975人)、中国(68万4366人)、オーストラリア(36万6165人)、インドネシア(27万2719人)、台湾(19万1367人)、アメリカ(11万7969人)、タイ(7万1083人)、ベトナム(2万9982人)、ニュージーランド(2万9904人)の順である。欧米やオセアニアの大学では、早くから外国語としての日本語の研究と教育が行われ、優れた専門家を輩出している。
海外の日本語教育は長い間、(1)大学・大学院における日本研究者養成、(2)大学における外国語科目、(3)仏教寺院等による日系人子弟向けの母国語教育、(4)在外公館日本語講座による日本文化の広報活動、などが中心であった。しかし、1980年代以後の著しい傾向として、初等・中等教育機関における学習者の急増がみられる。初等・中等教育機関での学習者が多い国は、韓国(約77万人)、オーストラリア(約35万人)、インドネシア(約24万人)、中国(約8万人)、台湾(約6万人)、アメリカ(約6万人)、タイ(約3万人)、ニュージーランド(約3万人)などとなっている。とくに、オーストラリアとニュージーランドでは、日本語学習者の90%以上を初等・中等教育機関の学習者が占める(データはすべて2006年、国際交流基金調べ)。そのため、従来の大学レベルにおける日本語教材に加えて、年少者のための母語別日本語教材および指導法の開発が急務である。海外の日本語教育は日本国内の場合と違って、学習者の母語が均質であることから、教室の媒介言語として学習者の母語を活用し、現地のニーズ(要求)にあった日本語教育の体系化と充実を図りやすい。
21世紀に入り、アニメや漫画の日本語を通して、学校教育によらずに独学で日本語・日本文化を習得しようとする学習者が世界各地に増えている。さらに、アメリカ人のリービ英雄(1950― )や中国人の楊逸(ヤンイー)(1964― )のように日本語を母語としない人たちが日本で作家活動を行ない、主要な賞を受賞するケースもみられる。早い時期から積極的に日本語を学んだ結果であるといえる。
海外での日本語教育振興を支援する機関として、国際交流基金、国際協力機構(青年海外協力隊)などがある。また、アメリカ、ヨーロッパ各国、オーストラリア、中国、韓国、台湾などには日本語教師の学会があり、日本語教育学会と連携して2004年(平成16)以降、隔年で国際日本語教育学会が開催されている。
なお、1995年ころからアメリカで日本語の教育・学習方法、学習成果の評価の基準を決める日本語教育スタンダードの開発が始まり、その後、EU各国や日本の国際交流基金でも同様の研究が進められている。
[奥田邦男]
今後の日本語教育の課題としては、(1)多様な学習者のニーズに対応できる日本語教員の養成、現職教員の再教育体制の確立、(2)日本語教育の内容・方法の研究、(3)日本語教員の知識・能力水準の審査、認定を目的とした「日本語教育能力検定試験」の整備充実、(4)日本語学習者の日本語能力を総合的に評価する「新日本語能力試験」の充実、国内および海外で実施されている日本留学のための「日本留学試験」の整備充実、(5)母語別、レベル別、専門領域別、学習目的別の教材およびカリキュラムの開発、(6)IT(情報技術)を活用した日本語教育の促進、(7)国際語としての日本語の普及、(8)多言語・多文化社会における共生を目ざして、日本語教育による学習者の母語・母文化の喪失を防ぎ、バイリンガル教育の充実を図ること、(9)外国人とのコミュニケーションを通じた日本人の国際化、などがあげられる。
[奥田邦男]
『寺村秀夫著『日本語のシンタクスと意味』全3巻(1982~1991・くろしお出版)』▽『宮地裕他編著『講座 日本語と日本語教育』全16巻(1989~1991・明治書院)』▽『奥田邦男編著『日本語教育学』(1992・福村出版)』▽『青木直子・尾崎明人・土岐哲編『日本語教育学を学ぶ人のために』(2001・世界思想社)』▽『北原保雄編『問題な日本語』(2004・大修館書店)』▽『日本語教育学会編『日本語教育事典』新版(2005・大修館書店)』▽『縫部義憲監『講座・日本語教育学』全6巻(2005~2006・スリーエーネットワーク)』▽『酒入郁子他著『外国人が日本語教師によくする100の質問』新装版(2007・バベルプレス)』▽『国際交流基金編著『海外の日本語教育の現状――日本語教育機関調査・2006年』改訂版(2008・凡人社)』▽『国立国語研究所編『日本語教育年鑑』各年版(くろしお出版)』
ここで言う〈日本語教育〉というのは,〈外国人に対する日本語の教育〉の意である。日本人に対する日本語の教育を〈国語教育〉と呼ぶのに対比させた使い方で,〈外国語としての日本語の教育〉〈第二言語教育としての日本語教育〉という言い方もある。例えば,永住や定住を目指す外国人に対する日本語教育は通常〈第二言語教育としての日本語教育〉と呼ばれる。
外国人が日本語を学習した歴史は,外国人によって作られた日本語の辞書の存在によって想定することができる。中国明代には《日本寄語》をはじめとする語彙(ごい)集が,朝鮮半島では,室町時代末期に《捷解(しようかい)新語》と呼ばれる文例・語彙集が,またヨーロッパ人によるものとしては,16世紀後半に来日したポルトガル人宣教師の著した《日葡(につぽ)辞書》《日本大文典》などがあり,その当時の日本語学習の実在を裏づけている。
明治以後の日本語教育は,外国人宣教師,外交官に対するものと日清戦争後増加した中国人留学生に対するものとが国内では行われ,朝鮮半島,台湾,旧満州では,国民教育の一環として,あるいは植民地政策(植民地教育)の一部として実施されてきた。第2次世界大戦中には,中国大陸や東南アジア諸国にも日本語の教師が派遣された。しかし,敗戦とともにまったくといってよいほど姿を消してしまった。日本語教育が新しい目的をもって復活するのは,1955年前後からである。さらには,1990年6月に施行された出入国管理及び難民認定法(入管法)の改正以来,家族を伴った南米からの日系人(新来外国人)が急増した。こうしたいわゆる定住外国人向けの日本語教育の充実という意味では,さらなる目的が加わったといえよう。
現在,世界の各国で日本語の学習をしている人の総数は約162万人だとされている(1993年度国際交流基金調べ)。学習者の多い地域は,中国をはじめとする東アジア地域が第1位である。次いで,東南アジア,南アジア,大洋州,北米,中南米,西欧の順で続き,東欧,中近東・アフリカはごくわずかとなっている。なお,学習者が10万人をこえる国は韓国(約82万人),中国(約25万人),オーストラリア(約18万人)の3国であり,これら3国において日本語教育が非常に盛んであるといえる。ただし,各国の人口当りの日本語学習者の割合をみると,韓国(1.9%。53人に1人),オーストラリア(1.0%。100人に1人),ニュージーランド(0.8%。125人に1人)の順となり,人口の多い中国は,0.02%(5000人に1人)とかなり低くなる。
日本国内における学習者の数は,文化庁国語課の調査によれば7万9798人(1996年11月現在)であるが,この10年間で4万4031人の増加(2.2倍)となっている。ちなみに国際交流基金が世界調査をしたのと同じ1993年11月時点での,日本国内の日本語学習者数は7万6940人(文化庁調べ)であった。
国内の日本語学習者の内訳を区分けしてみると,日本の大学で勉学,研究活動しているか,その準備をしている留学生・就学生(計3万2323人,うち就学生は1万5122人)が全体の約4割を占めている。以下,地域定住者や日本人男性の配偶者として地域に根ざした生活日本語を習得しようとする被用者・主婦等の一般成人(2万0046人),そして外国人子女(1万0671人),技術研修生(4978人),聴講生・研究生(3918人)となっている。
日本語教育の場でもっとも留意さるべきことは,日本語が使えるということと,日本語が教えられることは別だ,ということである。日本語を教えるためには,日本語そのものについて意識的に,あるいは客観的に把握する能力が要求される。〈本を読みました〉という文を英語を母語とする学習者に言わせると,[ホノヨミマシタ]と聞こえる発話になりやすい。そこで,指導者が[ホノ]ではない[ホンオ]だと何度繰り返しても,容易に[ホノ]は[ホンオ]にならない。日本語の[ホンオ]の場合の[ン]の音が,〈本だ〉〈本か〉などの〈ン〉の調音法とどう異なっているかを心得ていなければ適切で効果的な指導は不可能である。文法についても,学習者が〈ここで本があります〉と誤用した場合に,効果的に指導するためには,〈ここに〉と〈ここで〉の〈に〉と〈で〉の用法の差について理論的に説明できるだけの知識が必要になる。音声,文法以外の事がらについても,すべてこのことは当てはまるのである。
日本語教育の場が持つもう一つの特質は,日本人の持っている日本語の言語体系と学習者の持っている外国語の言語体系や,お互いのコミュニケーション・パターンがぶつかりあう領域だということである。二つの言語体系やコミュニケーション・パターンについての比較対照的(対照言語的あるいは対照語用論的)な知識を持つことが教育効果を上げるためには欠かせない。この特質は学習上の困難点が,学習者の母語ごとに異なって現れるということにつながる。例えば,中国人や韓国人にとっては漢字の学習はさほど重大な問題とはならないが,漢字を使用していない言語(英語,フランス語その他大部分の言語)の話し手にとっては学習上の大きな障害となる。逆に,[タ]と[ダ]の区別,[パ]と[バ]の区別(有声音と無声音)は英語国民などにとっては容易だが,中国人,韓国人には重い負担となる。韓国人やビルマ人など母語の文法が日本語の文法と類似している場合は,日本語の構文の習得は早いし誤用の可能性は少なくなるが,異なった文法組織をもつ母語の話者にとっては困難度は増す。母語の言語使用習慣の中に日本語的な敬語使用の発想がなければ,日本語の待遇表現の習得はむずかしく,しばしば教師にむかって,〈先生。私の論文が読みたいですか〉というような非適切使用をしたりすることになる。
日本語教育が抱える問題点のもとになっているのは,近年になってこの領域に対する需要がさらに拡大したにもかかわらず,人的リソース(資源)の確保や供給がそれにまにあわない,ということにある。最も大きな問題点の一つは,多様な文化的背景を持つ学習者のニーズに的確に応えられる教員の不足である。対応策としては,その補完へ向けて,日本語が話せるというだけでなく,分析的に把握することができ,適切な方法で指導・コミュニケーションができる教員をこれまで以上に養成していく必要がある。具体的には,異文化に対する適応能力の高い教員の育成へ向けて,本格的で学際的な養成制度が用意され,厳格で多様な内容をもったカリキュラムによって養成を行うことが必要となってくる。さらには,地域において激増する定住外国人の多様な要望に応じうる教材・教具の開発についても,考慮していく必要がある。こうした2文化あるいは多文化の狭間において貢献できる人的・物的リソースの提供を行うことの意義と,日本社会が抱えている内なる国際化へ向けての課題の本質とは通底しており,その意味では,日本語教育の課題は,国際化へ向けての課題ともいえる。
→日本語
執筆者:水谷 修
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