日本語の運用能力を伸ばすことを目的に、学習者に日本語を教える活動のこと。
日本語教育は、非母語話者とよばれる、日本語を第一言語としない学習者に日本語を教える活動であり、母語話者に日本語を教える国語教育とは異なる。日本語教育の「日本語」とは、英語、中国語などと対等な個別言語としての「日本語」をさしており、この点で、日本国の公用語であり、教科の名称である「国語」と区別される。
[石黒 圭 2025年7月17日]
日本語教育の特徴は徹底した実用主義にあり、日本語を用いたコミュニケーションが可能となるような運用能力の育成を目ざして行われる。たとえば、文法という文の組立て規則を日本語教育で教えるのは、学習者がその規則を知ることで、聞くときや話すときにその規則を使って文の構造とその意味を理解し、話すときや書くときにその規則を使って適切な構造の文を産出できるようにするためである。国語教育でも文法を教えるが、日本語の文の仕組みを知識として学んだり分析したりするためであり、日本語が使えるようにするためではない。なぜなら、国語教育の対象である母語話者は、文法を教わらなくても文の理解や産出に不自由しないからである。
第二言語の習得は、第一言語の習得とは習得過程が異なる。第一言語は、幼いころの生活経験のなかで、家族をはじめとする周囲とのコミュニケーションを通して自然に身につくものであり、教室等で教わるものではない。一方、第二言語は、第一言語を獲得してから身につけるもので、教室等で学習することが多い。第二言語を学ぶ場合、すでにできあがった第一言語の体系があり、それと関連づけながら学習が進むと考えられる。このため、学習者にとって日本語が学びやすい言語かどうかは、第一言語に依存することになる。たとえば、日本語はSOV(主語・目的語・動詞)語順の言語であり、同じSOV語順の韓国語話者にとって日本語の文法はやさしく感じられ、SVO語順の英語話者や中国語話者にはむずかしく感じられる。一方、日本語は漢字仮名交じり表記であるため、漢字を使用する中国語話者にとっては読むのがやさしく感じられ、アルファベット表記の英語話者やハングル表記の韓国語話者にはむずかしく感じられる。このため、日本語の習得のしやすさは、学習者の母語と日本語との距離の近さに比例するが、一般的な傾向として学びやすさを考えた場合、日本語は発音と文法の面では比較的やさしい言語である一方、表記や語彙の面では比較的むずかしい言語である。日本語の発音は母音が五つしかなく、子音も母音と規則的な対(つい)をなすため、発声が容易であり、文法も緩やかで、語順が比較的自由であり、時制や数・性などの文法的な一致の要求が少ない。一方、文字の面では、ひらがな・カタカナは表音文字で比較的やさしいが、漢字という表語文字をもつことで暗記量が膨大となり、学習者の負担は大きい。また、語彙も日本古来の和語に加え、中国から渡来した漢語、英語を中心に近年急増している外来語という三つの語種を使い分けなければならず、使う語彙数も相対的に増える。
第二言語教育として日本語教育を考える場合、学習者の日本語の習熟度を考慮する必要がある。日本語を学ぶ教室で「初級」「中級」「上級」のようにクラス分けがなされるのは、初級レベルの学生に上級レベルの難度の日本語のインプットをしても、身につくどころか、理解さえもおぼつかないからである。言語学習には、やさしいものからむずかしいものに、単純なものから複雑なものにといった、学習者の習熟度にあわせた導入の順序への配慮が不可欠である。
日本語を学ぶのが日本語学習者であるならば、日本語を教えるのは日本語教師である。日本語教師は日本語母語話者だからといってだれでもなれるわけではない。学習者に十分な説明ができる日本語の体系的な知識、学習者の第二言語の習得過程を研究する第二言語習得(SLA:Second Language Acquisition)研究への深い理解、第二言語を教える際の適切な教授法の選択や教育実践の技術、教えるときに使う教材やカリキュラムの開発能力、さらには、異文化や多様性を理解し調整する能力など、広範な専門性が必要とされる。一方、日本語非母語話者であっても、こうした広範な専門性を有していれば、日本語教師になることができる。
日本語教育が行われる機関としては、国内外の大学等の高等教育機関、民間の日本語学校等、広い意味での学校がまず思い浮かぶ。そのほか、日本国内では、地方公共団体や国際交流協会、NPOやボランティア団体等の日本語教室があり、公立・私立の小中高では帰国あるいは外国籍児童・生徒に対する日本語指導が個別に行われている一方、海外では、国によっては中学・高校などの中等教育機関でも教科として日本語教育が行われているほか、日本にルーツをもつ現地在住の子ども向けの日本語補習校・日本人学校があり、親の日本語を受け継ぐ継承語の学習支援が行われている。
[石黒 圭 2025年7月17日]
外国語教育には国策としての側面があり、日本語教育もその例外ではない。戦前・戦中は、帝国主義に基づく植民地政策としての日本語教育が行われ、朝鮮、台湾、南洋諸島等で皇民化教育の名のもとに、日本語の強制使用と現地語の排除が進められた。このため、戦後の日本語教育は部分的にせよ、こうした植民地政策への反省を踏まえて行われてきた。終戦直後こそ日本語教育は低調であったが、高度経済成長による日系企業の海外進出に伴う日本語の地位向上、1983年(昭和58)の「留学生10万人計画」や2008年(平成20)の「留学生30万人計画」による留学生の増加、さらにはマンガ・アニメ・音楽などの日本のポップ・カルチャーの人気などに支えられて、日本語教育は盛んになってきた。
[石黒 圭 2025年7月17日]
日本語教育の現状を国内外の別にみると、文部科学省の統計(2024)では、2023年度(令和5)時点で、日本国内の日本語教育実施機関・施設等数は2727、日本国内の日本語教師数は4万6257人、日本国内の日本語学習者数は26万3170人となっている。これに対し海外における状況は、国際交流基金の調査(2023)では、日本語教育を実施している国・地域の数は141に上り、機関数は1万8272、日本語教師数は7万4592人に、日本語学習者数は379万4714人に達している。
近年、グローバル化の進展や日本社会の少子高齢化を背景に、「日本語教育の推進に関する法律」(令和1年法律第48号)に基づいた「日本語教育機関認定法」(正式名称「日本語教育の適正かつ確実な実施を図るための日本語教育機関の認定等に関する法律」(令和5年法律第41号)が2023年に成立し、教育の質の向上と学習者支援の強化を目的に、2024年4月から文部科学省主導のもと、「認定日本語教育機関」と「登録日本語教員」の制度が始まった。これにより、留学生を受け入れる日本語学校は、認定日本語教育機関として認定されるために、学習者が日本語を使ってどんなことができるかを定めた枠組みである「日本語教育の参照枠」に従ってカリキュラムを策定し、それにのっとった教育ができる登録日本語教員によって教育することが要請され、日本語学習者の運用能力の育成という目的に向けた教育が国レベルで標準化されるようになった。
こうした制度が定着し、質の高い日本語教育を継続的に提供できるかどうか、さらには、増加の一途をたどる在留外国人への日本語教育を充実させられるかどうかが問われることになる。また、近隣に暮らす海外ルーツの人々の存在が身近なものになりつつあり、日本社会における一般の人々の日本語教育への理解と支援が大きな課題となっている。
[石黒 圭 2025年7月17日]
ここで言う〈日本語教育〉というのは,〈外国人に対する日本語の教育〉の意である。日本人に対する日本語の教育を〈国語教育〉と呼ぶのに対比させた使い方で,〈外国語としての日本語の教育〉〈第二言語教育としての日本語教育〉という言い方もある。例えば,永住や定住を目指す外国人に対する日本語教育は通常〈第二言語教育としての日本語教育〉と呼ばれる。
外国人が日本語を学習した歴史は,外国人によって作られた日本語の辞書の存在によって想定することができる。中国明代には《日本寄語》をはじめとする語彙(ごい)集が,朝鮮半島では,室町時代末期に《捷解(しようかい)新語》と呼ばれる文例・語彙集が,またヨーロッパ人によるものとしては,16世紀後半に来日したポルトガル人宣教師の著した《日葡(につぽ)辞書》《日本大文典》などがあり,その当時の日本語学習の実在を裏づけている。
明治以後の日本語教育は,外国人宣教師,外交官に対するものと日清戦争後増加した中国人留学生に対するものとが国内では行われ,朝鮮半島,台湾,旧満州では,国民教育の一環として,あるいは植民地政策(植民地教育)の一部として実施されてきた。第2次世界大戦中には,中国大陸や東南アジア諸国にも日本語の教師が派遣された。しかし,敗戦とともにまったくといってよいほど姿を消してしまった。日本語教育が新しい目的をもって復活するのは,1955年前後からである。さらには,1990年6月に施行された出入国管理及び難民認定法(入管法)の改正以来,家族を伴った南米からの日系人(新来外国人)が急増した。こうしたいわゆる定住外国人向けの日本語教育の充実という意味では,さらなる目的が加わったといえよう。
現在,世界の各国で日本語の学習をしている人の総数は約162万人だとされている(1993年度国際交流基金調べ)。学習者の多い地域は,中国をはじめとする東アジア地域が第1位である。次いで,東南アジア,南アジア,大洋州,北米,中南米,西欧の順で続き,東欧,中近東・アフリカはごくわずかとなっている。なお,学習者が10万人をこえる国は韓国(約82万人),中国(約25万人),オーストラリア(約18万人)の3国であり,これら3国において日本語教育が非常に盛んであるといえる。ただし,各国の人口当りの日本語学習者の割合をみると,韓国(1.9%。53人に1人),オーストラリア(1.0%。100人に1人),ニュージーランド(0.8%。125人に1人)の順となり,人口の多い中国は,0.02%(5000人に1人)とかなり低くなる。
日本国内における学習者の数は,文化庁国語課の調査によれば7万9798人(1996年11月現在)であるが,この10年間で4万4031人の増加(2.2倍)となっている。ちなみに国際交流基金が世界調査をしたのと同じ1993年11月時点での,日本国内の日本語学習者数は7万6940人(文化庁調べ)であった。
国内の日本語学習者の内訳を区分けしてみると,日本の大学で勉学,研究活動しているか,その準備をしている留学生・就学生(計3万2323人,うち就学生は1万5122人)が全体の約4割を占めている。以下,地域定住者や日本人男性の配偶者として地域に根ざした生活日本語を習得しようとする被用者・主婦等の一般成人(2万0046人),そして外国人子女(1万0671人),技術研修生(4978人),聴講生・研究生(3918人)となっている。
日本語教育の場でもっとも留意さるべきことは,日本語が使えるということと,日本語が教えられることは別だ,ということである。日本語を教えるためには,日本語そのものについて意識的に,あるいは客観的に把握する能力が要求される。〈本を読みました〉という文を英語を母語とする学習者に言わせると,[ホノヨミマシタ]と聞こえる発話になりやすい。そこで,指導者が[ホノ]ではない[ホンオ]だと何度繰り返しても,容易に[ホノ]は[ホンオ]にならない。日本語の[ホンオ]の場合の[ン]の音が,〈本だ〉〈本か〉などの〈ン〉の調音法とどう異なっているかを心得ていなければ適切で効果的な指導は不可能である。文法についても,学習者が〈ここで本があります〉と誤用した場合に,効果的に指導するためには,〈ここに〉と〈ここで〉の〈に〉と〈で〉の用法の差について理論的に説明できるだけの知識が必要になる。音声,文法以外の事がらについても,すべてこのことは当てはまるのである。
日本語教育の場が持つもう一つの特質は,日本人の持っている日本語の言語体系と学習者の持っている外国語の言語体系や,お互いのコミュニケーション・パターンがぶつかりあう領域だということである。二つの言語体系やコミュニケーション・パターンについての比較対照的(対照言語的あるいは対照語用論的)な知識を持つことが教育効果を上げるためには欠かせない。この特質は学習上の困難点が,学習者の母語ごとに異なって現れるということにつながる。例えば,中国人や韓国人にとっては漢字の学習はさほど重大な問題とはならないが,漢字を使用していない言語(英語,フランス語その他大部分の言語)の話し手にとっては学習上の大きな障害となる。逆に,[タ]と[ダ]の区別,[パ]と[バ]の区別(有声音と無声音)は英語国民などにとっては容易だが,中国人,韓国人には重い負担となる。韓国人やビルマ人など母語の文法が日本語の文法と類似している場合は,日本語の構文の習得は早いし誤用の可能性は少なくなるが,異なった文法組織をもつ母語の話者にとっては困難度は増す。母語の言語使用習慣の中に日本語的な敬語使用の発想がなければ,日本語の待遇表現の習得はむずかしく,しばしば教師にむかって,〈先生。私の論文が読みたいですか〉というような非適切使用をしたりすることになる。
日本語教育が抱える問題点のもとになっているのは,近年になってこの領域に対する需要がさらに拡大したにもかかわらず,人的リソース(資源)の確保や供給がそれにまにあわない,ということにある。最も大きな問題点の一つは,多様な文化的背景を持つ学習者のニーズに的確に応えられる教員の不足である。対応策としては,その補完へ向けて,日本語が話せるというだけでなく,分析的に把握することができ,適切な方法で指導・コミュニケーションができる教員をこれまで以上に養成していく必要がある。具体的には,異文化に対する適応能力の高い教員の育成へ向けて,本格的で学際的な養成制度が用意され,厳格で多様な内容をもったカリキュラムによって養成を行うことが必要となってくる。さらには,地域において激増する定住外国人の多様な要望に応じうる教材・教具の開発についても,考慮していく必要がある。こうした2文化あるいは多文化の狭間において貢献できる人的・物的リソースの提供を行うことの意義と,日本社会が抱えている内なる国際化へ向けての課題の本質とは通底しており,その意味では,日本語教育の課題は,国際化へ向けての課題ともいえる。
→日本語
執筆者:水谷 修
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