改訂新版 世界大百科事典 「有職織物」の意味・わかりやすい解説
有職織物 (ゆうそくおりもの)
公家階級で製作され用いられた織物。本来,有職とは有識であって,公家と呼ばれるようになった平安時代以来の貴族の間で,〈学識豊かな〉とか〈教養高い〉という意味に使われた語である。しかし,鎌倉時代以後,〈有職〉は,過去のものとなった律令制を理念とし,洗練化し様式化した公家文化の保持に努めて,儀式,年中行事,官職,位階,殿舎,調度,輿車,服装,食事,遊宴などの知識または研究を指すこととなり,さらに公家の規範,法式という意味にまで広げられ,〈識〉の字も〈職〉に変わった。公家の服装や調度に用いられる織物も,規範にかなうべきものとされ,近世になって便宜に他の分野の織物と区別して有職織物と呼ばれた。これは公家の公私の生活に用いられたため,その種類は多岐にわたっている。経糸と緯糸によって作られる織物の四原組織のうち繻子(しゆす)組織を除くすべて,平組織(平織),斜文組織(綾),綟り(もじり)組織(綟り織)を網羅し,それぞれの組織の中にもさまざまな風合いのものがみられる。
平織では絹,絁(あしぎぬ),縑(かとり),練緯(ねりぬき),精好(せいごう)などが挙げられ,絹は上質の生糸を用いて織ったもの,絁は絹よりやや質の落ちる太細のある糸で織ったもの,縑は上質の生糸を精密に固く織ったものとされている。以上は経緯とも生糸で織り,生絹(すずし)と呼ばれてそのまま使うか,それを練って練絹として用いる。練緯は経に生糸,緯に練糸を用いた薄手で艶のあるもの,精好は経緯ともに生糸,または経に練糸,緯に生糸を用い,経を密にし,緯を太くした精緻なもの。斜文織には,無文綾と綾があり前者は近世になって用いられたもの。綾とは〈文(あや)〉のことで,2種の組織を組み合わせて文様を織り出した単色の織物。これは後練(あとねり),後染(あとぞめ)で,経緯とも生糸で織ってそのまま使う場合と,それを練ってから使う場合がある。生絹や生綾は夏に多く用いられる。平織,斜文織,浮織で,経糸を生糸,緯糸を練糸とし,あるいは糸のうちに染めて織ったものを〈織物〉と称した。これには3種あって平織の無文の織物と,文の部分が斜文織となった固織物と,文の部分で緯糸を浮かせた浮織物の別である。この織物にさらに縫取(ぬいとり)織の技法を加えて異なった文様を一定の配置で織り出したものを二倍(ふたえ)織物と呼んだ。錦は2色以上の緯糸で文様を織り表したものをいう。平織地浮文錦,地と文が異なる斜文組織のものや,文が浮織となった唐錦(からにしき)といわれるもの,地と文が同じ斜文組織で,緯糸で地色と文様を表した大和(倭)錦と呼ばれるもの,などがある。綟り織(もじりおり)は搦み織(からみおり)ともいわれる透ける織物で,紗,縠(こめ),羅に分けられ,それぞれ無文と有文のものが用いられた。
その母体となった正倉院に伝えられているような奈良時代の織物に比べると,有職織物は公家の好尚を反映して温和で優雅な絹風をもち,また,服装の直線的輪郭を強調する強装束の重厚で端麗な趣のものもある。その文様も,摂取した外来の文様を基調としながらも,身近で親しみやすいものに整え,しだいに類型化した。しかし,こんにちまで有職に支えられたその織技の伝統と絹風や文様には公家の美意識を認めることができる。
執筆者:高田 倭男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報