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朴烈事件 ぼくれつじけん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

朴烈事件
ぼくれつじけん

1923年に大正天皇暗殺計画の容疑で朝鮮人朴烈 (本名朴準植) と愛人の金子文子が検挙された事件。朴は朝鮮人の無政府主義団体である黒濤会を結成し,中心となっていたが,大正天皇の写真を壁に張り,ナイフで刺したのを尾行の刑事に見られたことから,関東大震災後の同年9月2日金子とともに検挙され,上海から爆弾を入手し天皇暗殺を計画したかどで 25年 10月 20日起訴され,26年3月 25日大審院は両人に死刑を判決した。

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デジタル大辞泉の解説

ぼくれつ‐じけん【朴烈事件】

大正12年(1923)大逆罪容疑で逮捕された在日朝鮮人朴烈と、その妻の金子文子の処遇をめぐって起こった事件。死刑判決が若槻内閣によって無期に減刑されたが、獄中の怪写真が世間に配布されたことで、野党立憲政友会などが政府攻撃の材料とした。

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百科事典マイペディアの解説

朴烈事件【ぼくれつじけん】

在日朝鮮人社会主義運動家朴烈(準植)と金子文子が大逆罪をでっちあげられ,のち政治問題化した事件。1923年関東大震災時,朴は同棲中の金子とともに保護検束され,治安警察法違反等のかどで起訴された。
→関連項目金子文子布施辰治

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大辞林 第三版の解説

ぼくれつじけん【朴烈事件】

1923年(大正12)大逆罪の容疑者として逮捕された在日朝鮮人朴烈パクヨル1902~1974)とその妻金子文子の獄中における取り扱いをめぐり惹起された一連の事件。死刑判決が26年4月内閣の奏請により無期に減刑され、取り調べ中の両人の怪写真が諸方に配付されるや、事件は野党による内閣攻撃の手段として用いられ、数か月にわたり紛糾が続いた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

朴烈事件
ぼくれつじけん

朴烈夫妻の天皇・皇太子暗殺計画事件および司法当局の両名に対する処遇が政治問題化した事件。在日朝鮮人で無政府主義者中心人物たる朴烈(1902―74)は、その妻金子文子(かねこふみこ)とともに、関東大震災直後、朝鮮人迫害事件のさなかに検束された。多数の朝鮮人を虐殺した官憲は、その言い訳のために、朴烈夫妻に対し、1923年(大正12)秋挙行予定の皇太子婚儀に際し、天皇と皇太子を要撃する計画であったという自白を強要し、26年3月25日、大審院は大逆(たいぎゃく)罪として両名に死刑を宣告した。政府は政治的効果をねらい4月5日、大赦令をもって無期懲役に減刑した。7月23日金子は獄中で縊死(いし)した。7月29日、取調判事立松懐清が東京地裁で撮影した夫妻抱擁の写真を掲げ、両者に対する当局の優遇を非難する印刷物が各方面に配付された。これは北一輝(きたいっき)らのしわざである。北の黒幕たる小川平吉(へいきち)と森恪(かく)を先頭に、野党の立憲政友会と政友本党はこの問題をとらえて若槻(わかつき)礼次郎憲政会内閣を攻撃し、年末には議会解散、普選実施の気運が高まった。しかし若槻は解散を決断しえず、解散を野党の不利とみた政界の黒幕松本剛吉(ごうきち)の策により、第52議会の休会明けの両野党の内閣不信任案提出を機会に翌27年(昭和2)1月20日三党首会談を開き、昭和新政の初めにつき政争の中止を求め、政友会田中義一(ぎいち)、政友本党床次(とこなみ)竹二郎の両党首は議会後の政権たらい回しを期待してこれに応じた。朴は敗戦まで在獄した。[松尾尊兌]
『我妻栄他編『日本政治裁判史録 大正』(1969・第一法規出版) ▽再審準備会編『金子文子・朴烈裁判記録』(1991・黒色戦線社)』

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世界大百科事典内の朴烈事件の言及

【金子文子】より

…朴烈事件で大逆罪に問われた女性。横浜に生まれる。…

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