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杉原千畝 すぎはらちうね

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知恵蔵2015の解説

杉原千畝

第二次世界大戦中のリトアニアで、ナチスの迫害を逃れてきたユダヤ人に対して、日本政府の命令に背いて日本通過ビザを発給し、約6千人もの命を救ったとされる外交官。自らの工場で働くユダヤ人を救ったことで知られるドイツ人実業家、オスカーシンドラーになぞらえて、「日本のシンドラー」とも呼ばれている。
1900年1月1日、岐阜県八百津町生まれ。早稲田大学高等師範部英語科を中退、外務省の官費留学生として満州(現・中国東北部)のハルビンロシア語を学んだ後、同省に採用される。満州、フィンランドなどでの勤務を経て、39年にリトアニアの日本領事館に領事代理として赴任した。「命のビザ」を発給したのは、40年夏。ポーランドを追われてきた大勢のユダヤ人避難民が、ソ連・日本を経由して第三国に移住しようと日本通過ビザを求めてきた。杉原は、要件を満たさないユダヤ人避難民にも人道上ビザの発給を認めるよう外務省に願い出たが認められず、悩んだ末に独断で発給を決断。領事館は既に閉鎖が決まっていたが、出国直前までの約1カ月間、発給を続けたという。その後、チェコルーマニアなどで勤務し、46年に帰国。翌年、外務省を退職した。訓令違反のビザ発給を理由に退職に追い込まれたとの思いから、退職後は外務省関係者との交流を断ち、86年7月31日に死去した。
「命のビザ」のエピソードが知られるようになったのは、69年にイスラエル政府が杉原に勲章を授けてからだという。85年1月にはイスラエル政府から「諸国民の中の正義の人」として表彰され、91年にはリトアニアの首都にある通りの一つに「スギハラ通り」と名前が付けられた。故郷・八百津町には92年、「人道の丘公園」がオープンし、生誕100年となる2000年には記念館も設立されている。外務省も1990年代に入ってから当時の経緯の検証など「関係修復」に向けて動き、2000年に河野洋平外務大臣が遺族に謝罪した。

(原田英美  ライター / 2010年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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デジタル大辞泉の解説

すぎはら‐ちうね【杉原千畝】

[1900~1986]外交官。岐阜の生まれ。昭和14年(1939)リトアニア領事代理となる。第二次大戦中、外務省の命令に反し、ナチス‐ドイツから逃れてきた約6000人のユダヤ系難民に日本通過のビザを発給した。昭和60年(1985)イスラエル政府の「諸国民の中の正義の人賞」受賞。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

杉原千畝 すぎはら-ちうね

1900-1986 昭和時代の外交官。
明治33年1月1日生まれ。大正8年外務省の留学生試験に合格し,ハルビン学院でまなぶ。昭和15年リトアニア領事代理のとき,本省の命令に反し,5000名をこえるユダヤ人難民に日本通過のビザを発給。昭和22年ルーマニアの捕虜収容所から帰還後,外務省を免職となる。60年イスラエル政府の「諸国民の中の正義の人賞」を受賞。昭和61年7月31日死去。86歳。岐阜県出身。早大高等師範部中退。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

杉原千畝
すぎはらちうね
(1900―1986)

外交官。1900年(明治33)生まれ、岐阜県出身。1940年(昭和15)にバルト海に面したリトアニアの日本領事館領事代理。当時、ナチスの迫害を逃れようとするユダヤ系ポーランド人がリトアニアに殺到し日本領事館で日本通過の査証(ビザ)を得ようとした。杉原はナチスとの外交関係を考慮した外務省の反対にもかかわらずビザを発行して6000人に及ぶユダヤ人の命を救済。戦後外務省は杉原を実質的に追放(1991年名誉回復)したが、1985年(昭和60)にイスラエル政府は杉原に「諸国民の中の正義の人賞」を贈りその功績をたたえた。1991年(平成3)リトアニアの首都ビリニュスに「スギハラ通り」が誕生。[森 武麿]
『杉原幸子著『六千人の命のビザ』(新版、1993・大正出版) ▽ヒレル・レビン著、諏訪澄ほか訳『千畝――一万人の命を救った外交官杉原千畝の謎』(1998・清水書院)』

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