杜預(読み)どよ

日本大百科全書(ニッポニカ)「杜預」の解説

杜預
どよ
(222―284)

「とよ」とも読む。中国、晋(しん)代の学者、政治家。杜陵(どりょう)(陝西(せんせい)省)の人。字(あざな)は元凱(げんがい)。河南尹(かなんいん)、秦(しん)州刺史(しし)などを歴任し、鎮南大将軍となった。(ご)を平定した功により当陽県侯に封ぜられたが、晩年は学問に専注した。書に『春秋経伝集解(しゅんじゅうけいでんしっかい)』『春秋釈例』などがある。『春秋経伝集解』は、従来『春秋』の経文と『左氏伝(さしでん)』とが別になっていたものを一書にまとめ、経文に対応するように『左氏伝』の文を分け、春秋義例説を確立し、春秋学としての左氏学を集大成した。『春秋釈例』(輯佚(しゅういつ)書)では、『春秋』の義例を具体的に説明するとともに、土地名、系譜、暦日などを考証・図解した。また訓詁(くんこ)面でも、先儒の注のよいものを集めて、春秋学における『左氏伝』の地位を位置づけた。

[安居香山 2016年1月19日]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「杜預」の解説

杜預
とよ
Du Yu

[生]黄初3(222)
[]太康5(284)
中国,西晋の政治家,学者。「どよ」とも読む。京兆杜陵 (陝西省長安) の人。字は元凱。西晋きっての名家の出身で,文帝の女婿軍人としては,呉,鮮卑を討つのに功をあげ,地方長官としては開田水利などに治績をあげた。学問を好み,諸家の説を取捨してみずからの見解を加えた『春秋左伝集解』は現在でも最も基本的な注釈となっている。ほかに『春秋釈例』の著があり,盛唐の詩人杜甫はその子孫

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精選版 日本国語大辞典「杜預」の解説

ど‐よ【杜預】

(「とよ」とも) 中国、西晉の武将、学者。字(あざな)は元凱。杜陵(陝西省)の人。匈奴の乱を鎮定、呉を平定して当陽県侯に封ぜらる。また、学者としてもすぐれ、「春秋左氏経伝集解」「春秋釈例」などがある。(二二二‐二八四

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デジタル大辞泉「杜預」の解説

ど‐よ【杜預】

[222〜284]《「とよ」とも》中国、西晋の武将・学者。杜陵(陝西せんせい省)の人。武帝の呉の討伐戦功をあげた。著「春秋左氏経伝集解」「春秋釈例」。

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世界大百科事典 第2版「杜預」の解説

どよ【杜預 Dù Yù】

222‐284
中国,西晋の学者,政治家。字は元凱。杜陵(陝西省西安の南東)の人。若くして学問を好み,群書を博覧した彼は,ことに父祖伝来の家学,《春秋左氏伝》の研究に打ちこみ,28歳のとき父の杜恕(とじよ)(198‐252)が権力者の司馬懿(しばい)ににらまれて爵位剝奪のうえ流刑に処せられて以後苦節の8年間に,その新しい左伝研究の基礎を作ったと思われる。257年(甘露2),36歳で初めて官界に出仕してからは,律令制定,官吏の勤務評定法の作成,華北西部の異民族の反乱平定をはじめ,大蔵大臣の役をつとめては有効な経済政策を実施して成功した。

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世界大百科事典内の杜預の言及

【水車】より

…これらの水車は揚水のほか,脱穀,製粉等穀類の各種の調整に使用されたが,史料的にその構造ははっきりしない。華北の地形から考えて上掛水車は特殊で,下掛か胸掛の水車が一般的と思われ,また杜預(どよ)が八磨を作ったというから運動方向を転換させる方法も知っていたはずであるが,詳しい構造はわからない。 水車の構造がはっきりするのは元の王禎が彼の《農書》で農器具を初めて図示してからで,それには揚水機として筒車,水転翻車,水転高車,穀物調整用の卧輪水磨,水礱,水碾,水転連磨,そのほか水転大紡車,水排(水力ふいご)が図示されており,図は力学的に正確とはいえないが,構造の大要がわかる。…

※「杜預」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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