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核燃料サイクル開発機構 かくねんりょうサイクルかいはつきこう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

核燃料サイクル開発機構
かくねんりょうサイクルかいはつきこう

動力炉・核燃料開発事業団 (動燃) に代わる組織として 1998年に発足した特殊法人。 1967年に設立された動燃は日本の原子力開発事業を担ってきたが,1995年に起こった高速増殖炉もんじゅ」でのナトリウム漏れ事故や,1997年の東海村の再処理施設内での火災・爆発事故および事故処理に際しての隠蔽行為など不祥事が相次ぎ,厳しい批判にさらされた。

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デジタル大辞泉の解説

かくねんりょうサイクル‐かいはつきこう〔カクネンレウ‐〕【核燃料サイクル開発機構】

高速増殖炉を中心とした核燃料サイクル技術の開発・実用化を目的に、平成10年(1998)に動力炉・核燃料開発事業団を改組し設立された特殊法人。平成17年(2005)日本原子力研究所と統合し、日本原子力研究開発機構となる。JNC(Japan Nuclear Cycle Development Institute)。

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百科事典マイペディアの解説

核燃料サイクル開発機構【かくねんりょうサイクルかいはつきこう】

1998年9月に解体された動力炉・核燃料開発事業団(動燃)の主要業務を引き継いだ特殊法人。同年10月1日発足。略称JNC。主な事業は,高速増殖炉サイクル研究開発高レベル放射性廃棄物の処理・処分技術の研究開発,軽水炉燃料再処理技術の開発など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

核燃料サイクル開発機構
かくねんりょうさいくるかいはつきこう
Japan Nuclear Cycle Development Institute

原子力基本法(昭和30年法律186号)第7条に基づいて設置された特殊法人組織。略称、JNC。現在の日本原子力研究開発機構の前身。核燃料サイクル開発機構法(平成10年法律62号)第1条では「平和の目的に限り、高速増殖炉及びこれに必要な核燃料物質の開発並びに核燃料物質の再処理並びに高レベル放射性廃棄物の処理及び処分に関する技術の開発を計画的かつ効率的に行うとともに、これらの成果の普及等を行い、もって原子力の開発及び利用の促進に寄与することを目的として設立されるものとする」と定義されていた。
 1998年(平成10)10月、動力炉・核燃料開発事業団(動燃)が行っていた事業を縮小し、引き継ぐ形で発足した。初代理事長は都甲泰正(とごうやすまさ)。本社は茨城県東海村。
 動燃は、1995年12月に起きた高速増殖原型炉「もんじゅ」のナトリウム漏れ事故に対する対応が適切ではなく、事故情報の歪曲(わいきょく)や秘匿などを行ったため、世論の信頼を失った。これを契機に福井、福島、新潟3県知事から「今後の原子力政策の進め方について」の提言がなされ、政府は原子力委員会に「原子力政策円卓会議」を設置、広く各方面の意見を求めることにより、新たな国民的合意の形成を図ろうとした。とくに開発見直し論もあった高速増殖炉は、原子力委員会の下、「高速増殖炉懇談会」が設けられ(座長・前東北大学総長西沢潤一)、12回の会議が開催された。その結果は、あまりわかりやすい結論ではなかったが、「実証炉の建設を急がないものの、高速増殖炉の研究開発は継続する事が必要」というものであった。
 核燃料サイクルのかなめである高速増殖炉の開発が不透明になり、蓄積する過剰のプルトニウムの処理が問題となった。原子力委員会は軽水炉でプルトニウムを燃焼する、いわゆる「プル・サーマル計画」を推進する政策を決定した。しかし、その直後にふたたび動燃の再処理工場で火災、爆発事故が起こり、その対応においても適切さを欠いたため、動燃の体質に国民的不信感が醸成されるに至った。
 相次ぐ不祥事により、旧科学技術庁に「動燃改革検討委員会」(座長・前東大総長吉川弘之)が設置された。委員会で行われた検討のなかで「安全確保と危機管理の不備」「閉鎖性」「事業の肥大化」など、「経営不在」という状況が集中的に現れた。改善法として、事業を抜本的に見直し、組織の「解体的再編」を行うために「新法人」を発足させるとした。具体案は作業部会で検討され、1998年2月「新法人」の設立に関する法案が国会に提出され、同年5月成立、10月から新法人「核燃料サイクル開発機構」が発足した。
 核燃料サイクル開発機構には、理事長の諮問に応じて経営上の意見を述べる運営審議会が設けられた。これは、外部の学識経験者15名からなり、それ以外にも、外部評価委員会に業務計画の専門的評価を求めるなど、指摘された「閉鎖性」の解消に努めることとした。また、地元重視の姿勢を明らかにするため、本社を茨城県東海村に、「もんじゅ」のあった福井県敦賀(つるが)市には敦賀本部を置いた。なお、新型転換炉「ふげん」、ウラン濃縮事業、海外ウラン探鉱などは、整理縮小事業に指定され、5年をめどに整理を行うこととされた。「ふげん」は2003年3月運転を終了した。しかし、30余年にわたり2兆3000億円以上を費やして行われてきたナショナル・プロジェクトの成果の厳密な評価を新法人作業部会が行うには不十分な時間しかなく、再検討が必要となる可能性があると思われた。その後05年10月、核燃料サイクル開発機構は日本原子力研究所と統合し、原子力の総合的研究開発機関として独立行政法人日本原子力研究開発機構が設立された。[中島篤之助]

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世界大百科事典内の核燃料サイクル開発機構の言及

【原子力】より

…56年には原子力基本法が発効し,民主,自主,公開のいわゆる原子力三原則を法律によって定め,日本の原子力開発の基本姿勢となった。同年,原子力委員会が設置されるとともに,日本原子力研究所,原子燃料公社(のち動力炉・核燃料開発事業団となり,1998年10月より核燃料サイクル開発機構)が設立され開発母体となった。原子力委員会は原子力開発利用長期計画を策定し,これらの機関での研究開発の方向を示す役割を担った。…

【動力炉・核燃料開発事業団】より

…科学技術庁が動燃の抜本的な改革を図るため,97年4月に動燃改革委員会を設置するなど,動燃改革が議論された。98年5月に動燃事業団法が改正され,98年10月から動燃は〈核燃料サイクル開発機構〉となった。【編集部】。…

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