江戸中期の浮世草子作家。本名村瀬権之丞(ごんのじょう)、通称庄左衛門。代々京都方広寺前で大仏餅(もち)を商う富裕な商家で、其磧は4代目。1699年(元禄12)に書肆(しょし)八文字八左衛門(自笑)の陰の作者として書いた役者評判記『役者口三味線(くちじゃみせん)』が好評を得、1701年(元禄14)刊の『傾城色三味線(けいせいいろじゃみせん)』で浮世草子界に登場した。同書は体裁・内容両面で斯界(しかい)に新風を吹き込む作で、続いて其磧は『風流曲三味線』等で宝永(ほうえい)期(1704~1711)を西沢一風(いっぷう)と競いつつ、1711年刊の『傾城禁短気(きんたんき)』で自らの好色物を集大成するとともに、第一人者としての地位を確立した。しかし一方で、宝永末ごろから八文字屋と利益配分などで対立、息子名義で書肆江島屋(市郎左衛門)を開業、1714年(正徳4)刊の『役者目利講(めききこう)』で内情を暴露して全面抗争に入る。この間『商人軍配団(あきんどぐんばいうちわ)』(1712)等の町人物、『世間子息気質(むすこかたぎ)』(1715)等の気質物を出して対抗するが、1718年(享保3)には和解、以後は『浮世親仁形気(おやじかたぎ)』(1720)等、其磧・自笑の連署で八文字屋から出すようになった(1721年までは江島屋との相版)。こののち、歌舞伎(かぶき)、浄瑠璃(じょうるり)の趣向をふんだんに取り入れた時代物を制作して八文字屋全盛期を現出、量的にも質的にも西鶴(さいかく)以後最大の浮世草子作家となった。享保(きょうほう)20年6月1日、または翌元文(げんぶん)元年6月70歳で没した。
生涯の述作およそ70。文章などで西鶴を剽窃(ひょうせつ)するところ多く、かつ西鶴のもつ現実主義的態度は放棄しているが、平明な文体や巧みな構成などで浮世草子をより大衆化させ、後期戯作(げさく)者への影響は西鶴よりも強かった。
[江本 裕]
『中村幸彦著「自笑其磧確執時代・八文字屋本版木行方」(『近世小説史の研究』所収・1961・桜楓社/『中村幸彦著述集5』1982・中央公論社に再録)』▽『野間光辰校注『日本古典文学大系91 浮世草子集』(1966・岩波書店)』▽『長谷川強著『浮世草子の研究』(1969・桜楓社)』
江戸時代の浮世草子作者。本名村瀬権之丞,通称庄左衛門。京都の人。江戸時代初めより続く大仏餅屋の主人。1696年ころに浄瑠璃の作があるが,99年役者評判記《役者口三味線》を,1701年には浮世草子《けいせい色三味線》を京都の八文字屋から出してより,評判記・浮世草子の作者として活躍。前者は以前の容色本位の評判を脱して芸評書としての性格をはっきりうち出し,体裁・位付け・批評法など以後幕末・明治に至る評判記の型を定める書となった。浮世草子は初期の好色物に06年刊《風流曲三味線》,11年刊《傾城禁短気》の秀作があり,町人物の《商人軍配団(あきんどぐんばいうちわ)》(1712)に次いで執筆した気質物(かたぎもの)は,特異な性癖を基点とした視角をとって新しい短編編成法を開いた。《世間子息(むすこ)気質》(1715),《世間娘気質》(1717),《浮世親仁形気》(1720)が主要作である。後年死没に至る20年間ほどは,歌舞伎・浄瑠璃の翻案を主とした長編の時代物の作が多く,《鎌倉武家鑑》(1713)など長編の構成力の熟達を示すが,慣れによる安易に流れた作も見える。西鶴以後の浮世草子作者の第一人者で,彼の作を中心とする八文字屋刊の浮世草子を八文字屋本と呼ぶ。西鶴の鋭さはないが,趣向の珍奇,構成力の卓抜,平明通俗の表現を特色とし,当時の人気,後代への影響は西鶴をしのぐものがある。
執筆者:長谷川 強
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(樫澤葉子)
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…1700年(元禄13)ごろまで西鶴追随の好色短編集が多出し,夜食時分の《好色万金丹》(1694),雲風子林鴻(うんぷうしりんこう)の《好色産毛(うぶげ)》(1692‐96)などが優れる。1700年刊の西沢一風の《風流御前義経記(ごぜんぎけいき)》,翌年の江島其磧(きせき)の《けいせい色三味線》より浮世草子は新方向をとる。演劇色・古典色の導入,世相への敏感な反応,趣向重視,整合性志向,長編化の傾向がそれで,頂点に立つ作は其磧の《傾城禁短気》(1711)であり,その間の都の錦,北条団水,青木鷺水(ろすい),月尋堂,錦文流の雑話物,武家物や実際の事件を脚色した長編作にも同じ風潮の反映がある。…
…狭義には,浮世草子のうち1701年(元禄14)刊江島其磧(きせき)作《けいせい色三味線》以後約70年間,京都の八文字屋八左衛門の刊行した諸作を一括して指す称。広義には,その中心作者其磧の作で他店より刊行のものを含め,さらに同時期・同傾向の他作や,1780年代に及ぶ亜流作に範囲を広げていうことがある。…
※「江島其磧」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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