浄徳寺(読み)じようとくじ

日本歴史地名大系 「浄徳寺」の解説

浄徳寺
じようとくじ

[現在地名]上石津町上原

上原(うわはら)集落の南端、小高い地にある。真宗大谷派。聖嶽山と号し、本尊は阿弥陀如来。創建は不詳だが、古くは天台宗で多羅山無染院清浄福徳(しようじようふくとく)寺と称したといい、寛正元年(一四六〇)の大震災で焼失したという。その頃の近江音羽(おとば)城(現滋賀県蒲生郡日野町)城主蒲生秀郷の家臣日野祐成の舎弟という叡岳が本願寺八世蓮如に帰依、蓮如から六字名号をもらい、当地に来て一草庵を営み、浄土真宗として再興したと伝える。


浄徳寺
じようとくじ

[現在地名]西尾市上細池町 北高洲

県道西尾―幡豆線の西、上細池(かみほそいけ)町集落の西に位置する。経師山と号し、真宗大谷派。本尊阿弥陀如来。勝鬘(しようまん)寺(現岡崎市)のもと末寺。もと天台宗、平坂(へいさか)村経師浦(きようしがうら)にあった。浄尊に至り、嘉禎元年(一二三五)親鸞に帰依して真宗に転じた。


浄徳寺
じようとくじ

[現在地名]西尾市上矢田町 熊子

県道上横須賀(かみよこすか)―楠(くす)村線が県道寺津(てらづ)―幸(こう)線と交差する北側に位置する。真宗大谷派に属する。本尊阿弥陀如来。もと聖徳太子二歳の尊像を本尊とした。


浄徳寺
じようとくじ

[現在地名]弘前市新寺町

新寺(しんてら)町寺院街にあり、円明(えんみよう)寺もと境内北側に位置。平等山と号し、真宗大谷派。本尊は阿弥陀如来。もと円明寺塔頭。

浄土真宗一派縁起(市立弘前図書館蔵)によれば、寛文一〇年(一六七〇)の創立とあり、開山は休閑、開基は不詳。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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