清瀧寺
せいりゆうじ
清滝の中央北部、旧中禅寺道の北側にある。勝福山金剛成就院と号し、天台宗。本尊は清滝観音にあった千手観音と、阿弥陀如来。明治四二年(一九〇九)清瀧寺と円通寺が合併して再興された寺。
清瀧寺は清滝権現の別当寺。「日光山志」によれば古くは真言の道場で、円仁来山のとき天台宗に改宗。天正一〇年(一五八二)四月二三日から五月四日まで清瀧寺で灌頂が行われ、行阿闍梨一〇人・校者八〇人が参加した。
清瀧寺
せいりゆうじ
[現在地名]天竜市二俣町二俣
天竜川左岸、皆原台地の一角にある浄土宗寺院。信康山と号し、本尊は阿弥陀如来。応永一三年(一四〇六)然蓮社最明長安房の開基、以後長安院とよばれたという(「清瀧寺記」寺蔵)。天正七年(一五七九)九月に徳川家康の嫡子徳川信康(松平信康)が二俣城で自刃。その後、家康は信康の供養のために長安院を清瀧寺と改称し、菩提寺とした。寺名は寺の入口に滝があったことによるという。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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清瀧寺〔高知県〕
高知県土佐市にある寺院。「きよたきじ」と読む。醫王山(いおうさん)中腹に位置する。養老年間、行基による開創と伝わる。宗派は真言宗豊山派、本尊は厄除薬師如来。四国八十八ヶ所霊場第35番札所。正式名は「醫王山鏡池院(きょうちいん)清瀧寺」。山号や名称は、弘法大師が五穀豊穣を祈願、金剛杖で地を突いたところから清水が湧き出し池になったという伝説にちなむ。
出典 小学館デジタル大辞泉プラスについて 情報
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出典 日外アソシエーツ「事典・日本の観光資源」事典・日本の観光資源について 情報
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