諸国の奇病や不具などの話を集めた絵巻。各段とも説話風の簡単な詞書(ことばがき)に絵を一図添えて構成される。愛知・関戸(せきど)家に伝わった一巻17段と、同巻から早くに分かれたと思われる4段を加えた21段分が残り、現在は各段ごとに分断され、文化庁の9図をはじめ諸家に分蔵されている。その内容は、二形(ふたなり)の男、口臭の女、霍乱(かくらん)の女、毛虱(けじらみ)の男女、尻(しり)に穴多き男、眼病の男、歯の揺らぐ男、小舌の男、風病の男(以上、文化庁・国宝)、口より屎(しと)する男、眠り癖のある男、顔にあざのある女、不眠の女、鼻黒の親子、侏儒(しゅじゅ)、せむしの乞食(こじき)法師、熱病の男、白子(しらこ)の女、鳥眼(とりめ)の女、肥満の女、鍼(はり)治療で、いずれも病苦に悩む人々のありさまや、いかがわしい治療の光景が赤裸々にとらえられる。その的確な描写はときに風刺や諧謔(かいぎゃく)味を交えて、当時の風俗をも生き生きと描き表している。ことに自由で闊達(かったつ)な描線を駆使した人物表現は、この時代の専門絵師の優れた筆技を伝えるものと思われる。
なおこのほかにも別種の模本が伝わり、それらをあわせると、広く人間の生老病死といった苦相が扱われている。したがって「病草紙」はもともと六道のうちの人道を描いたもので、類似の形態をもつ「地獄草紙」や「餓鬼草紙」とともに一連の六道絵と解する説も存する。制作時期も、画風から推して、これらと同じく平安末期から鎌倉初期(12世紀後半)と考えられる。
[村重 寧]
『小松茂美編『日本絵巻大成7 餓鬼草紙・地獄草紙・病草紙他』(1977・中央公論社)』
〈霍乱(かくらん)の女〉〈不眠症の女〉〈眼病の治療〉など病の症例解説や治療の滑稽譚を集めた平安末,12世紀後半の絵巻。現在21段が伝存し,そのほか絵のみの模本で36図が伝わる。深刻な病苦のありさまを赤裸々に描きながらも,画面は格調高くまたユーモラスな趣もあり,単なるのぞき見趣味にはおわっていない。絵はつくり絵風のものや線描主体のものなど種々の様式が混在している。線描の差から複数の画人による制作と考えられ,特に〈痔瘻(じろう)の男〉など病者と傍観者を組み合わせた構成の諸段から,類似の先行する症例集的な作品があったことが推定できる。詞章もまたさまざまな形式に分かれ,先行作品の存在を暗示すると同時に,説話文学が隆盛した古代末期の時代相をうかがわせている。画風や詞書の書風などを含め,この絵巻の形式は同時代の《地獄草紙》や《餓鬼草紙》と同種であり,ともに六道絵を構成していたと考えられる。すなわち《病草紙》をして六道中の人道に相当させる解釈である。
執筆者:佐野 みどり
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平安後期の絵巻。病に苦しむ人々や,怪しげな治療をうける人々を赤裸々に描く。愛知県の関戸家に伝来した1巻を中心に現在21図が知られ,各地に分蔵される。絵は,作り絵風のものと線描主体のものがあり,複数の絵師が制作したとみられる。「地獄草紙」「餓鬼草紙」との形式上の類似から,人間界の苦悩を表した六道絵(ろくどうえ)の一種とみる説もある。紙本着色。縦26.0cm。国宝。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
…多くは定住せず,旅をしながら積極的に医療需要を開拓していった。鎌倉時代の作といわれる《病草紙》には,そのような旅医者の治療風景が描かれている。宮廷や寺院などの後援をもたないで,医業のみで生計をたてるには,医療の知識・技術の向上だけでは信頼を博しがたい。…
…【赤堀 昭】
[日本]
日本では一般に日射病などの暑気あたりの諸病をさすが,古くは中国と同様激しい腹痛,下痢,嘔吐を伴う急性胃腸炎のことをいった。平安末期の絵巻物《病草紙》に,〈霍乱の女〉という嘔吐と下痢で苦しんでいる描写がある。詞書に〈霍乱といふ病あり。…
…歯【岡田 昭五郎】
[疾病史から]
虫歯とともに,歯槽膿漏は日本に古くから広がっていた歯の病気であった。たとえば,平安末期から鎌倉初期にかけてつくられた絵巻物《病草紙》には,中年の男が食事を前にして,口を開けて痛む歯を女房に見せている図がある。〈口の歯みなゆるぎて,すこしもこはきものなどは,かみわるにおよばず〉というから,これは歯槽膿漏である。…
…地獄の諸相と人道不浄相の表現はとりわけ生彩に富み,地獄の苛酷さや人道の無常感をみごとに描き出している。このほか同じく《往生要集》に依拠したと見られるものに,鎌倉初期に描かれた《地獄草紙》《餓鬼草紙》《病草紙》の一群の六道絵巻があり,記録の上からも鎌倉時代に六道を主題とする作品が少なからず制作されたことが知られる。浄土教美術【浜田 隆】。…
※「病草紙」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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