六道のうち餓鬼道に堕ちた者を描いた12世紀後半の絵巻。永遠にみたされない渇きや飢えに苦しみ,救いを求めて人間界に出没するおぞましい餓鬼の姿を仮借ない筆で描き出す。六道輪廻思想に基づき,苦悩にみちた世界を強調し,欣求(ごんぐ)浄土へと人々を駆りたてた六道絵の一つ。2巻が現存し,東京国立博物館本(河本家旧蔵)は,絵のみ10段で,産婦を求め嬰児(えいじ)の便をうかがいその命を奪うという伺嬰児便餓鬼や,人間の糞を食いあさる食糞餓鬼など,《正法念処経(しようぼうねんしよきよう)》の説く餓鬼を描き,緻密ですぐれた描写力をみせる。京都国立博物館本(曹源寺旧蔵)は,詞・絵各7段から成るが,食水餓鬼や目連救母説話による場面など,典拠とする経典や画風を異にする段が種々入りまじっている。中でも第2段の,施餓鬼の日に卒塔婆に供養される水をむさぼり飲む餓鬼とそれに気づくことのない市井の善男善女たちを描いた画面が,線描,彩色ともにすぐれている。いずれも非現実的な餓鬼よりも,むしろ,餓鬼の跳梁する現実の人間界のあさましさを容赦なく描いて,風俗画としても貴重である。
→餓鬼[図]
執筆者:田口 栄一
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餓鬼の世界を主題とした絵巻。東京国立博物館蔵の1巻と京都国立博物館蔵の1巻とが著名である(いずれも国宝)。東博本は、欲色(よくしき)餓鬼、伺嬰児(しえいじ)餓鬼、羅刹(らせつ)餓鬼、食糞(じきふん)餓鬼、疾行(しっこう)餓鬼、曠野(こうや)餓鬼、食吐(じきと)餓鬼、食水(じきすい)餓鬼など諸餓鬼を、京博本は、目蓮(もくれん)尊者が餓鬼道に落ちた母を救う話、仏が恒河(ごうが)のほとりの500の食水餓鬼を救う話、阿難(あなん)尊者が焔口(えんこう)餓鬼を救う話などを扱っている。どちらも「正法念処経(しょうぼうねんしょきょう)」の説くところによっており、現世の所業に対する来世の応報が描かれる。この2本は別筆であるが、どちらものびのびとした描線と淡泊な色彩で、餓鬼の醜怪な姿を生き生きと描出して真に迫るものがある。『地獄草紙』などとともに、平安末~鎌倉初頭の動乱期の不安な社会情勢を背景に、当時流行した六道思想を反映してつくりだされたものと考えられている。
[村重 寧]
『家永三郎編『新修日本絵巻物全集7 地獄草紙他』(1976・角川書店)』▽『小松茂美編『日本絵巻大成7 餓鬼草紙他』(1977・中央公論社)』
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平安後期の絵巻物。六道絵の中の餓鬼道を描いた絵巻。京都国立博物館本(曹源寺旧蔵)と東京国立博物館本(河本家旧蔵)の2巻が現存するが,画風はやや異なる。前者は,詞(ことば)と絵7段からなり,複数の経典から題材をえて,説話画的性格を備える。餓鬼の出現する場面の描写の風俗表現にすぐれる。後者は,絵のみ10段分が現存。「正法念処経(しょうぼうねんしょきょう)」餓鬼本の説く36種の餓鬼を表すものといわれるが,すべての餓鬼の名称が特定できるわけではない。おぞましい鬼を描きだす筆致は精緻で暢達(ちょうたつ)している。紙本着色。京博本は,縦27.0cm,横541.0cm,東博本は,縦27.3cm,横384.0cm。ともに国宝。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
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…ベサリウスの《人体構造》(1543)に頭蓋骨を持って瞑想するかなり正確な骸骨の図があり,シェークスピアは《ハムレット》の墓地の場を書くのにこれを念頭においたという。 日本では《餓鬼草紙》の中に墓地に横たわる骸骨の絵があり,一休が日常生活を営む骸骨を描いた《一休骸骨》もあるが,これらは個人の死後の姿であり,死または死の王,死神の形姿ではない。死どくろ【池沢 康郎】。…
…地獄の諸相と人道不浄相の表現はとりわけ生彩に富み,地獄の苛酷さや人道の無常感をみごとに描き出している。このほか同じく《往生要集》に依拠したと見られるものに,鎌倉初期に描かれた《地獄草紙》《餓鬼草紙》《病草紙》の一群の六道絵巻があり,記録の上からも鎌倉時代に六道を主題とする作品が少なからず制作されたことが知られる。浄土教美術【浜田 隆】。…
※「餓鬼草紙」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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