江戸幕府の民事裁判手続(出入筋(でいりすじ))において,原告(訴訟人)の提出した訴状(目安)に奉行所が裏書押印すること。目安裏書,訴状裏書などともいう。裏書の内容は,被告(相手方)に対して〈返答書〉の提出と出廷対決を命ずるものであるが,〈金公事(かねくじ)〉の場合には債務弁済ないし和解(内済(ないさい))を勧告する文言が加えられる(〈本公事(ほんくじ)〉では原則として内済勧告文言は記入されない)。〈手限(てぎり)公事〉(受訴奉行の単独裁判)では役所印のみを捺し,〈内寄合(ないよりあい)公事〉(受訴奉行と同役との合議裁判)および〈評定(ひようじよう)公事〉(評定所一座の合議裁判)のときは受訴奉行を初判として各奉行が加判するが,受訴奉行以外の加判を得るためには,訴訟人がそれぞれの奉行宅を歴訪しなければならない。評定公事では通常寺社奉行4名,町奉行,公事方勘定奉行各2名の合計8名であるところから,〈八判〉と呼ばれた(勝手方(かつてかた)勘定奉行は記名のみで,加印しない)。裏書押印を与えられた目安は,訴訟人がみずから相手方の属する町村役人宅へ持参して送達する。これを受領した相手方は〈拝見書〉(裏書拝見書,尊判拝見書)を訴訟人に渡し,返答書を作成して目安とともに奉行所に提出する(目安の受領を拒否すれば所払(ところばらい)に処せられる定めである)。裏書で指定された期日(差日(さしび))には両当事者が奉行所に出廷し,対決審問を受けるのであるが,差日以前に内済することもあった(訴訟中内済,裏書中内済)。判決(裁許(さいきよ))を申し渡され,または内済が成立して〈済口聞届(すみくちききとどけ)〉(奉行所による承認)の手続が済むと,訴訟人は目安と返答書を継ぎ合わせたものを下付され,再び裏書加判の奉行宅を巡歴して消印を受け,これを初判の奉行所に納めて裁判は終了した。
執筆者:神保 文夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…古文書学,書誌学上の用語で,古文書や典籍の料紙の裏面に書かれた記載をいう。典籍においては本文の注釈をはじめとして,補遺,由緒などが書かれる。いっぽう古文書においては,文書の端裏に加えられた端裏書,端裏銘,さらには表の紙面が足りないため本文の続きが裏に書かれた場合(案文に多い)を除いて,表に書かれた本文に対する指示,命令,承認,保証,証明などが記載される。とくに保証,証明のための文章を裏に書くことを〈裏を封ず〉といい,中世において広く行われた(裏封(うらふう))。…
…このほかに裏判は表の文書が原本であることを確認し,またその効力を裏書き(保証)する目的で多用された。前者には,数枚の紙をはり継いだ文書が一連のものであることを示す継目裏判が,後者には,売券や和与状の裏に奉行が加える裏判や目安(訴状)が法廷に受理された原本であることを示すために,奉行が加える目安裏判などがあった。裏判を受けた目安は,奉行の応訴命令とともに原告によって被告に交付された。…
…内済は裁判のどの段階においても行うことができ,審理の進行中も裁判役人はつねに内済の成立に努め,内済の可能性があるうちは何度も〈日延願(ひのべねがい)〉を許す。〈論所(ろんしよ)〉(地境論=境相論,水論など)や〈金公事(かねくじ)〉(借金銀など利息付,無担保の金銭債権に関する訴訟)ではとくに強く内済が勧められ,制度的にも,用水論などでは訴状に裏書(目安裏判(めやすうらはん),目安裏書)を与える前に現地での熟談内済を命じ(場所熟談物),金公事では目安裏書に内済勧奨文言を加え,あるいは原告だけの申立てによる内済(片済口(かたすみくち))を認めるなど,特別な手続が定められていた。刑事裁判手続(吟味筋(ぎんみすじ))においても場合によって内済が許される(吟味(願)下げ)。…
…江戸幕府の民事裁判手続(出入筋(でいりすじ))における被告(相手方)の答弁書。訴状(目安(めやす))に裁判所の裏書(目安裏書,目安裏判(うらはん))が与えられ,これが原告(訴訟人)の手によって相手方のもとに送達されると,相手方は目安の内容に対する反駁を書面に記して裁判所に提出しなければならない。この書面が返答書で,通常は〈差日(さしび)以前着届(ちやくとどけ)〉(出廷期日の前に出府,到着した旨の届出)の際に目安とともに提出する。…
※「目安裏判」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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