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真継家 まつぎけ

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百科事典マイペディアの解説

真継家【まつぎけ】

戦国時代から江戸時代の官人。蔵人所(くろうどどころ)小舎人(こどねり)の(しき)を世襲し,全国の鋳物師(いもじ)を支配した。伊勢神宮式年遷宮(しきねんせんぐう)にあたり斎部(いんべ)姓を名乗り,奉幣使(ほうへいし)を務めた。
→関連項目天明

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世界大百科事典 第2版の解説

まつぎけ【真継家】

戦国時代から江戸時代を通じて,蔵人所(くろうどどころ)小舎人(こどねり)=御蔵職(おくらしき)を世襲した地下(じげ)の官人。室町時代以前の出自,系譜は不明(《地下家伝》の系譜は江戸時代の偽作)。真継弥兵衛尉の名が1526年(大永6)の〈賦引付(くばりひきつけ)〉に見られる。34年(天文3)《言継卿記(ときつぐきようき)》に見える京の〈六町〉の住人真継(松木)新九郎は,幼少から柳原家に奉公,一時甘露寺家に仕えたが柳原家に帰参した。

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世界大百科事典内の真継家の言及

【鋳物師】より

…諸国鋳物師は守護の課役・棟別銭の免除を得るために,なお京の年預の力を必要とし,河内,和泉の鋳物師も本座の立場から諸国の新座の鋳物師に統制を加えており,紀氏を年預とする左方,右方,大仏方の供御人組織は形骸化しつつも,室町期を通じて維持された。
[戦国期・近世――真継家の支配]
 しかし戦国期に入り,戦国大名は武器・鉄砲等の生産を把握すべく鋳物師をその支配下に置いたので,供御人組織は解体,紀氏も借銭のため没落寸前となったが,柳原家の家臣真継久直(真継家)は紀氏の家を乗っ取り,1543年(天文12)後奈良天皇綸旨を得て鋳物師組織再興にのり出す。今川氏を手始めに,久直は49年以後,大内氏の領国を遍歴,鋳物師公事役徴収を保証された。…

【天明】より

…その行動範囲は,下野はもとより関東一帯に及び,さらに畿内にまで広がり,15世紀中ごろには和泉・河内の鍬鉄鋳物師の営業権を脅かすほどにもなっていた。天正10年(1582)8月18日付の天明鋳物師にかかわる正親町天皇女房奉書写が真継文書にあり,戦国末期には天明の鋳物師が真継家と関係をもっていたことは確実であろう。【佐藤 和彦】 中世以来の当地の豪族佐野氏は,豊臣秀吉の関東制圧後も旧領を安堵されたが,徳川家康は1602年(慶長7)唐沢山城から春日岡への移転を命じた。…

【由緒書】より

…しかし室町時代以後,この特権を保証していた天皇の実質的な力が弱化するとともに,この由来はしだいに伝説化し,不正確になり,正確な文書にも〈天照大神〉〈神武御門(みかど)〉などが登場するとともに,こうした伝説に基づく由緒書が書かれ,偽文書(ぎもんじよ)が作成されるようになってくる。灯炉供御人の全国的組織解体の事態に直面した鋳物師を再組織した真継家が,供御人の伝統を背景にしつつも,戦国時代,諸国にそれぞれ商圏をもつようになった鋳物師の実情,当時の習俗に即しつつ,鋳物師に伝わる伝承を取り入れた由緒書を作成,さらに正確な文書を下敷きにしつつ偽文書を作ったのは,その好例である。惟喬(これたか)親王を職能の祖とする木地屋(きじや)の由緒書と偽文書も,神祇官を通じて天皇に属した轆轤師(ろくろし)の伝統を背景に,江戸時代に入ってから全国の木地屋を組織するために作られたものと思われる。…

※「真継家」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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