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福田康夫 ふくだやすお

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

福田康夫
ふくだやすお

[生]1936.7.16. 東京,世田谷
政治家。内閣総理大臣(首相。在任 2007~08)。福田赳夫元首相の長男。1959年早稲田大学政治経済学部経済学科を卒業して丸善石油に入社。1976年に衆議院議員の父の秘書となり,1977年には首相に就任した父を補佐する首相秘書官になった。1990年衆議院選挙に出馬して初当選。2000年第2次森喜朗内閣で内閣官房長官に就任,2001年小泉純一郎内閣で再任され,2004年国民年金保険料未納問題を理由に辞任するまで務めた。在任期間は 3年7ヵ月,計 1289日で,当時の歴代最長記録となった。イラクへの自衛隊派遣やテロ対策特別措置法制定などで主導権を握り,「影の外務大臣・防衛庁長官」といわれるほどの実力を発揮した。2006年の自由民主党総裁選挙では候補者に推されたが辞退。安倍晋三首相の突然の辞任で 2007年9月,第91代,58人目の首相に就任,憲政史上初めて親子 2代の首相が実現した。2008年9月,参議院での野党優位のもとで国会運営の展望が開けず,退陣した。

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デジタル大辞泉の解説

ふくだ‐やすお〔‐やすを〕【福田康夫】

[1936~ ]政治家。東京の生まれ。父の元首相赳夫の秘書官を経て、群馬県の地盤を継ぎ平成2年(1990)に衆議院議員に当選。平成12年(2000)から森喜朗小泉純一郎両内閣で官房長官を務める。平成19年(2007)9月に首相に就任。親子2代での就任は史上初。参議院で野党が多数を占めるねじれ国会の中、民主党との大連立に失敗。薬害肝炎救済法補給支援特別措置法を成立させ、道路特定財源の一般財源化を推進。該当者不明の年金記録、後期高齢者医療制度への移行、原油・食糧の世界的な高騰、財政再建と景気対策などの問題を抱えながら、平成20年(2008)9月、約1年で辞任。→麻生太郎

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百科事典マイペディアの解説

福田康夫【ふくだやすお】

政治家。第67代首相・福田赳夫の長男。東京都生れ。早稲田大学政治経済学部卒業後,丸善石油入社。1977年,父の秘書官を1年務める。1990年,衆議院議員(自由民主党,当選6回),2000年10月第2次森内閣官房長官となり,その後小泉内閣官房長官も務め2004年5月退任。
→関連項目麻生太郎安倍晋三内閣自由民主党

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

福田康夫 ふくだ-やすお

1936- 平成時代の政治家。
昭和11年7月16日生まれ。昭和51年丸善石油(現・コスモ石油)を退社し衆議院議員秘書,翌年父福田赳夫(たけお)の内閣総理大臣秘書官。平成2年53歳で衆議院議員に初当選(当選7回,自民党)。12-16年,森内閣・小泉内閣の官房長官。実務能力と調整力に定評がある。19年安倍晋三首相の突然の辞任のあと,第22代総裁・第91代首相となる。24年引退。群馬県出身。早大卒。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

福田康夫
ふくだやすお
(1936― )

政治家。東京都生まれ。父は首相を務めた福田赳夫(たけお)。1959年(昭和34)早稲田(わせだ)大学政治経済学部経済学科卒業後、丸善石油(現コスモ石油)に勤め、1976年11月、福田赳夫の秘書となるために退社、翌1977年には首相秘書官(~1978)となる。1990年(平成2)2月の衆議院議員選挙に父の後継者として旧群馬3区から立候補し初当選。自由民主党(自民党)に所属。その後、小選挙区制の導入により群馬4区に移り、初当選以降連続6回当選。1995年8月、村山富市(とみいち)内閣の外務政務次官に就任、1997年9月には自民党副幹事長となる。2000年(平成12)10月、第一次森喜朗(よしろう)内閣の官房長官として初入閣。2004年5月まで3年半余り森内閣・小泉純一郎内閣の2代にわたる官房長官を務めたが、これは官房長官として歴代最長記録(1289日)である。
 2007年7月の参議院議員選挙で自民党が歴史的敗北を喫し、安倍晋三(あべしんぞう)自民党総裁が突然辞意を表明すると、総裁選挙に出馬し22代自民党総裁に就任、第91代内閣総理大臣となった。親子2代の首相就任は日本の憲政史上初。テロ対策特別措置法に基づくインド洋での海上自衛隊による給油活動の継続が最大の課題で、新法成立による活動継続を目ざして民主党などとの協議を呼びかけたが不調に終わった。結局、新法にあたる補給支援特別措置法は、2008年1月、参議院での否決後、衆議院で再議決され与党3分の2以上の賛成で可決、成立した。外交面では2007年11月、最初の訪問国としてアメリカを選択し、アメリカ大統領ブッシュと首脳会談を行った。2008年6月の通常国会終盤では首相問責決議案が参議院本会議で可決された。これは戦後初のことである。翌日の衆議院本会議で内閣信任決議案が可決され、福田内閣は継続されたが求心力の低下を招くこととなった。7月には北海道洞爺湖(とうやこ)サミットの議長国を務め、その後8月には内閣改造を行い、改造内閣を「安心実現内閣」と命名した。しかし内閣支持率は上昇せず、結局解散総選挙に踏み切れないまま9月1日に辞任を表明し、9月24日内閣総辞職した。[伊藤 悟]

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