出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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[大阪の寄席]
大坂の寄席は,江戸よりも早くできた。初代米沢彦八(?‐1714)はすでに元禄のころに生玉(いくたま)社境内で葭簀張りの興行を行ったようであり,松田弥助や初代桂文治は,寛政から文化・文政のころにかけての寄席興行の基礎を固めている。天保から弘化(1844‐48)のころに桂(かつら)・林家(はやしや)・笑福亭(しようふくてい)・立川(たてかわ)のいわゆる上方四派の噺家たちが大いに活躍したために大坂の寄席の形態は完成され,寄席興行はすこぶる隆盛であった。…
…その後まもなく,〈はなし〉を〈軽口〉というようになるとともに,はなしのおもしろさを効果的に結ぶ〈落ち〉の技術もみがかれていった(後出〈落ちの型〉を参照)。
[辻咄時代]
落語が飛躍的に進歩したのは,延宝・天和年間(1673‐84)ごろから京都で辻咄(つじばなし)をはじめた露(つゆ)の五郎兵衛と,おなじころ江戸で辻咄をはじめた鹿野(しかの)武左衛門,貞享年間(1684‐88)ごろから大坂で辻咄をはじめた米沢彦八という3人の職業的落語家の功績だった。 辻咄というのは,街の盛場や祭礼の場によしず張りの小屋をもうけ,演者は広床几(ひろしようぎ)の上の机の前で口演し,聴衆は床几に腰をかけて聴くという形式をとり,晴天に興行して道ゆく人の足をとめ,咄が佳境にはいったころを見はからって,銭を集めて回るという庶民的演芸だった。…
※「米沢彦八」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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