糖タンパク質(読み)とうたんぱくしつ(その他表記)glycoprotein

改訂新版 世界大百科事典 「糖タンパク質」の意味・わかりやすい解説

糖タンパク(蛋白)質 (とうたんぱくしつ)
glycoprotein

糖鎖を共有結合したタンパク質を糖タンパク質,あるいはグリコプロテインとよぶ。かつては,糖含量の多いものをムコタンパク質,少ないものを糖タンパク質とよんだが,現在ではこの区別はない。糖タンパク質は生物界に広く分布する。たとえば血漿(けつしよう)のタンパク質は,血清アルブミン以外のものはほとんどすべて糖タンパク質であり,その中には免疫グロブリン,補体,生殖腺刺激ホルモンフィブリノーゲントランスフェリンなどが含まれる。胃,腸,気管支などの粘膜,またその分泌液である粘液の主成分も糖タンパク質である。細胞膜のタンパク質も糖タンパク質であることが多く,その代表例として移植抗原であるヒト白血球抗原HLA),Na,K-ATPアーゼをあげることができる。

 糖タンパク質の糖部分の構造は近年急速に解明されてきた。その糖鎖は,大部分の場合,分子量4000以下の比較的小さなものではあるが,数種類の単糖が構成に参加し,また枝分れ構造があるので,その構造は特異で複雑なものとなっている。糖タンパク質の糖鎖の大部分のものは二つのグループに大別される。すなわち,(1)糖とタンパク質の結合がアスパラギンのアミド基とN-アセチルグルコサミンであるN-グリコシド型と,(2)セリンあるいはトレオニンの水酸基とN-アセチルガラクトサミンのO-グリコシド型のものである(図1)。血漿中の糖タンパク質は主としてN-グリコシド型糖鎖を,また粘膜,粘液の糖タンパク質は主としてO-グリコシド型の糖鎖をもつ。N-グリコシド型の糖鎖はさらにマンノースN-アセチルグルコサミンのみからなる高マンノース型と,このほかにシアル酸ガラクトースフコースを含む複合型に分類できる。O-グリコシド型の糖鎖は,ガラクトース,N-アセチルガラクトサミン,N-アセチルグルコサミン,シアル酸,フコースなどを含むが,マンノースを含まない。

この複雑な構造の糖鎖は,基本的には糖の活性化型である糖ヌクレオチド類から特異的な糖転移酵素グリコシルトランスフェラーゼ)によって,一つずつ糖が付加されていくことによって構築されていく。図2に示したように,N-グリコシド型糖鎖の場合には,マンノースとN-アセチルグルコサミンからなる中核構造は,一度ドリコールリン酸と結合した形で作りあげられ(ドリコールは16~20個のイソプレノイドよりなる長鎖アルコール),さらにその外側にグルコースを結合した中間体となっている。この糖のブロックがそのままタンパク質に転移され,そしてグルコースが取り除かれると高マンノース型糖鎖となる。高マンノース型の糖鎖は,見方を変えると複合型糖鎖の生合成中間体である。すなわち,一度完成した高マンノース型糖鎖のマンノース鎖が切り縮められて短くなったものを出発材料として,ここにN-アセチルグルコサミン,ガラクトース,シアル酸,フコースが転移して,複合型糖鎖ができあがるのである。

糖タンパク質の糖鎖の複雑な構造に対応して,その酵素(グリコシダーゼglycosidase)的加水分解による異化の機構も複雑なものとなる。糖鎖の末端から,1個ずつ単糖が特異的な糖加水分解酵素によって切断されていくのが酵素的加水分解の基本である。このように糖鎖の末端から作用していく酵素はエキソグリコシダーゼとよばれるが,作用する単糖の種類などについて厳しい特異性をもっている。さらに糖鎖を内側から切断して少糖を遊離する酵素(エンドグリコシダーゼ)の作用が加わり,糖鎖の異化を効率的に進めている。複合型糖鎖の分解には,少なくとも6種のエキソグリコシダーゼと1種のエンドグリコシダーゼが作用することが判明している。これらの酵素が人体で遺伝的に欠損すると糖鎖の異化が不全となり蓄積症を引き起こす。

糖タンパク質の糖鎖は,それを担うタンパク質や細胞を親水性にしたり,タンパク質分解酵素の作用から守る働きがある。近年急速に注目されてきていることは,糖鎖がタンパク質や細胞の移動を規定する〈荷札〉の役目を果たすことである。このことは血液タンパク質の肝細胞への取り込みや,リソソーム酵素の場合に証明されているが,細胞の移動についても活発な研究が行われている。受精,分化の誘導,増殖の制御と糖鎖の関連も大きな興味をもたれている。また,ある種の糖鎖は強い抗原性をもち,ABO式の血液型抗原の決定基は糖鎖であり,その構造や遺伝支配の様式も解明されている。癌抗原や分化抗原の中にも糖タンパク質の糖鎖を決定基とするものがあろうと予想されていたが,最近その実例がいくつか示され,さらに研究が進められている。一方,豆類などには,血球などの動物細胞を凝集したり,あるいは刺激して分裂させるタンパク性の因子が含まれている。この因子は近年数多く精製され,性質が調べられた。その細胞への結合部位は,ほとんどの場合,細胞膜の糖タンパク質の糖鎖であった。このような細胞集合能のある糖識別タンパク質をレクチンと総称している。レクチンは糖タンパク質の研究手段としても役だっている。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「糖タンパク質」の意味・わかりやすい解説

糖タンパク質
とうたんぱくしつ
glycoprotein

糖とタンパク質が共有結合した化合物で、血清、粘液、細胞膜などに広く分布している。この糖部分はさほど大きくなく、分子量4000以下の場合が多い。しかし、構成する糖の種類は、ガラクトース、マンノース、フコース、N-アセチルグルコサミン、N-アセチルガラクトサミン、シアル酸と多岐にわたり、またこれらの糖が枝分れ構造をもった特異な配列をし、糖鎖全体の構造は複雑なものとなっている。

 糖タンパク質の糖鎖の機能としては、タンパク質全体を親水性にしたり、タンパク質分解酵素(プロテアーゼ)の作用から守ることが、まずあげられる。また、糖鎖はタンパク質や細胞の移動を規定する「荷札」となっているということがある。白血球が炎症部位やリンパ節に移動するとき、最初のゆるい接着は細胞接着分子であるセレクチンというタンパク質が糖タンパク質の糖鎖を認識しておこる。さらに、血清中の糖タンパク質からシアル酸が除去されると、露出されたガラクトース末端が肝細胞表面の特異的タンパク質によって認識され、糖タンパク質は肝細胞に取り込まれ処分されてしまうことが判明している。また、細胞表面抗原のいくつかは糖タンパク質の糖部分によって担われている。その代表例はABO式血液型抗原である。

[村松 喬]

『小野修一郎編『タンパク質工学』(1989・丸善)』『日本生化学会編『新 生化学実験講座3 糖質1 糖タンパク質』上下(1990・東京化学同人)』『高橋礼子著『糖タンパク質と糖結合タンパク質』(1992・広川書店)』『永井克孝・箱守仙一郎・木幡陽編『グリコバイオロジーシリーズ1 糖鎖の多様な世界』『グリコバイオロジーシリーズ2 糖鎖の細胞における運命』『グリコバイオロジーシリーズ5 グリコテクノロジー』(1993~1994・講談社)』『横山茂之編『基礎生化学実験』(1994・東京化学同人)』『森野米三ほか著『学問の山なみ4』(1994・日本学術振興会、丸善発売)』『永井克孝ほか編『糖鎖1 糖鎖と生命』『糖鎖2 糖鎖と病態』『糖鎖3 糖鎖の分子設計』(1994・東京化学同人)』『木曽真編著『生物化学実験法42 生理活性糖鎖研究法』(1999・学会出版センター)』『小倉治夫監修『複合糖質の化学』(2000・シーエムシー)』『日本生化学会編『基礎生化学実験法5 脂質・糖質・複合糖質』(2000・東京化学同人)』『川嵜敏祐・井上圭三・日本生化学会編『糖と脂質の生物学』(2001・共立出版)』『阿部輝雄・吉岡亨編『物質としての脳』(2003・共立出版)』『大島泰郎・鈴木紘一・藤井義明・村松喬編『ポストシークエンスタンパク質実験法4 構造・機能解析の実際』(2003・東京化学同人)』

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化学辞典 第2版 「糖タンパク質」の解説

糖タンパク質
トウタンパクシツ
glycoprotein

共有結合によって,糖がタンパク質に結合した複合タンパク質の総称.糖部分は,単糖オリゴ糖多糖などさまざまな形態をとるが,おもに分岐をもつヘテロオリゴ糖であり,二糖単位の繰り返し多糖をもつプロテオグリカン(旧称ムコ多糖)は,糖タンパク質とは別に扱う.酵素抗体ホルモンコラーゲンなど,非常に多くのタンパク質は糖タンパク質の形態をとっている.グリコシド結合の様式は,アスパラギンの側鎖にN-グリコシド結合により結合しているものと,セリン,トレオニンなどにO-グリコシド結合しているものの2種類がある.N-グリコシド結合型糖鎖には生合成中間体でマンノース含量が多いオリゴマンノース型,N-アセチル-D-グルコサミンD-ガラクトース,シアル酸が付加した複合型,そしてこれらの両者の糖鎖構造をあわせもつ混成型の3種類が知られる.N-グリコシド結合型糖鎖がもつ生理的機能は不明な場合が多いが,タンパク質の立体構造を維持するか,ほかのタンパク質との特異的相互作用で認識部位の一部になるなど,その機能が明らかなものもある.O-グリコシド結合型糖鎖には,N-アセチル-D-ガラクトサミン,D-マンノース,あるいはN-アセチル-D-グルコサミンがセリン,トレオニンと結合しているものと,D-ガラクトースがヒドロキシリシンに結合しているものなどが知られている.消化管の粘膜上皮を覆うムチンタンパク質はセリン,トレオニンを多くもち,N-アセチル-D-ガラクトサミンを介してオリゴ糖鎖を結合している.分泌型ムチン(粘性糖タンパク質)は上皮の乾燥を防ぐはたらきをもち,糖鎖は保湿の機能を担っている.一方,ムチンと構造が類似した糖タンパク質PSGL-1(P-selectin glycoprotein ligand-1)のO-グリコシド結合型糖鎖は,細胞接着における分子認識に関与している.[別用語参照]P-セレクチン

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

栄養・生化学辞典 「糖タンパク質」の解説

糖タンパク質

 糖を複合成分として含むタンパク質.タンパク質を構成するアミノ酸の側鎖に糖が共有結合しているもの.細胞外のタンパク質,細胞膜にあるタンパク質に多くみられ,後者では,細胞の外側の部分が糖化されている場合が多い.

出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の糖タンパク質の言及

【ムコタンパク質(ムコ蛋白質)】より

…糖タンパク質の別称。かつては糖含量が比較的少ないものを糖タンパク質,多いものをムコタンパク質とよんだが,今日ではこの区別はなくなった。…

※「糖タンパク質」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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