鎌倉時代の絵巻。『紫式部日記』の本文を多少の省略、変更を施して詞書(ことばがき)とし、各段に絵を添えたもの。もとは10巻余り、60~70段程度の構成であったと推定される。現在は詞24段(うち一段は模写)、絵24段(詞と絵の場面が一致するもの22段)が残り、大阪・藤田美術館、東京・五島(ごとう)美術館(ともに国宝)、日野原家(重文)その他に分蔵されている。絵は平安時代の『源氏物語絵巻』などの作り絵の系統を引くが、建築の屋台引きに斜線を縦横に駆使し、機知に富んだ多彩な構図が特徴的。人物の描写にも動きと表情が現れ、引目鈎鼻(ひきめかぎはな)による伝統的な顔がみられる一方、写実味を加えた新しい形式の顔貌(がんぼう)表現が支配的である。詞書の書風は後京極(ごきょうごく)様を示し、また絵は新時代の傾向を伝統様式のうえに巧みに生かした宮廷絵師の筆とみられる。書画の作風から、13世紀前半(1220~40)の制作と推定されている。
[村重 寧]
『小松茂美編『日本絵巻大成9 紫式部日記絵詞』(1978・中央公論社)』
《紫式部日記》のほぼ全文をこまかく絵画化し,詞書を添えた絵巻で,鎌倉初期,13世紀前半ころの制作と考えられる。当初は大規模な構成であったと推察されるが,現在はおよそ日記の順に,蜂須賀家本,藤田美術館本,旧森川家本(現,五島美術館ほか),日野原家本と,4巻が分かれて(合計24図)遺る。物語絵巻として前代の徳川・五島本《源氏物語絵巻》の系統をひく濃彩作絵(つくりえ)の技法によりながら,引目鉤鼻(ひきめかぎはな)の顔貌描写形式などは簡略な筆のタッチで表現するなど類型化し,各画面は人物の心理や情趣を鋭く造形化するというより,単なる説明的な挿図と化しているといえよう。むしろこの絵巻においては,機知的な構図法,小振りながら自然なプロポーションをもつ人物表現,ことにいわゆる強(こわ)装束の独特の形態,金・銀泥を多用した庭前の景など,多分に抽象的装飾的な造形美が強調され,新しい時代の美感をつくり出している。
執筆者:田口 栄一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
「紫式部日記」を絵画化した13世紀中頃の絵巻物。当初は日記のほぼ全文を絵画化したと推定されるが,現在は絵・詞(ことば)とも23段,4巻分が伝存。「源氏物語絵巻」に代表される濃彩作絵(つくりえ)技法の物語絵の伝統をひくが,屋台の線が鋭角的に交差する構図やすっきりとした色感,より自由な面貌描写などに鎌倉時代の新しい造形感覚がうかがわれる。紙本着色。縦約21cm。藤田美術館・五島美術館蔵のものは国宝。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
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