デジタル大辞泉 「耳」の意味・読み・例文・類語
みみ【耳】
2 聞く能力。聴力。また、聞くこと。聞こえること。「
3 耳のように器物の両側についている部分。取っ手。「鍋の
4 紙や食パンなどのふち・へり。織物で、横糸が折り返す部分。「パンの
5 針の糸を通す穴。めど。「針の
6 本製本の書籍で、背の両側のやや隆起した部分。
7
8 大判・小判のふち。転じて、その枚数。
「千両の小判―がかけてもならぬ」〈浄・傾城酒呑童子〉
[下接語]
[類語](1)耳介・耳殻・
翻訳|ear
脊椎動物の頭部にある有対の感覚器官で,平衡覚と聴覚をつかさどる。ふつう〈耳の形〉などというときには,哺乳類の頭の両側に突出した耳介を指すが,解剖学的にいえば耳には内耳,中耳,外耳の3部分が含まれる。内耳は刺激を受容する中心的部分で,最も奥深く位置し,進化的にみて最も由来が古く,すべての脊椎動物が例外なく備えるものである。内耳の実質をなすのは〈迷路〉と呼ばれる複雑な囊状の構造で,これは動物のグループによってかなり異なるが,一般的には〈卵形囊〉とそれに付属した半円形の管である〈半規管〉,および〈球形囊〉とそれから伸びた〈蝸牛(かぎゆう)管〉という4部の中空の小囊から成る(ただし下等脊椎動物は蝸牛管をもたない)。卵形囊と球形囊は内耳の中心部をなし,これらをあわせて〈前庭〉という。半規管は平衡覚,蝸牛管は聴覚を分担する。迷路の内腔は互いにつながり合って内リンパ液で満たされ,外側の空間(高等脊椎動物では周囲の骨迷路との間の空間)は外リンパ液で満たされている。内耳ということばは,周囲の骨質なども含めたこれらの諸構造の全体を指すもので,魚類の耳はこれだけでできている。次に,内耳の外側に隣接した,空気の入っている中空の区域が中耳で,外壁をなす〈鼓膜〉,〈耳小骨(鼓室小骨)〉,耳小骨を収める空間である〈鼓室〉,鼓室腔を咽頭につなぐ〈耳管〉および周囲の諸組織から成っている。中耳は音の伝達に関与する部分であり,原則として四足動物の共有する特徴である。さらに外耳は,鼓膜より外側にある〈外耳道〉や〈耳介〉などの諸構造を一括したもので,集音と中耳の保護に関与し,進化的には高等四足動物の最も新しく現れた特色である。外界からくる音響は外耳→中耳→内耳の順に伝達されるが,これらの部分の系統発生上の出現順序はその逆であった。個体発生的にもこれらの諸構造は系統発生とほぼ同じ順序で現れ,内耳が最も早く形成される。
最も原始的な脊椎動物であった古生代の無顎(むがく)類(カブトウオ類)がどのような耳をもっていたかは十分明らかでないが,その中で少なくとも異甲類というグループは,二つの半規管を備える内耳をもっていたことが知られている。現存する無顎類である円口類のうちヤツメウナギの内耳もほぼこの型のもので,前後二つの半規管と繊毛上皮を備えた部分からなり,卵形囊と球形囊が分化しない特異な構造を示している。同じ円口類のメクラウナギの内耳はもっと特異で,半規管を一つしかもたないが,これは前・後の二つが二次的に合体したものと考えられている。こうした特徴からみて,原始脊椎動物は鋭敏な聴覚をもたず,耳の機能はおもに平衡覚にあることが推察される。無顎類以外の脊椎動物,つまり顎口類では,前・後・外(水平)の三半規管の付属した卵形囊と,球形囊が膜迷路の中心をなしている。これらの小囊と球形囊に隣接する〈壺(つぼ)〉の内壁には,内耳神経の終末が分布する感覚上皮の斑点があり,それぞれを卵形囊斑,球形囊斑,壺(こ)斑という。それぞれの内腔には感覚上皮の細胞に接するように炭酸カルシウムの結晶塊,すなわち〈耳石(じせき)(平衡石)〉が形成され,これらの接触のしかたが平衡覚の発生源となる。硬骨魚類では耳石がとくによく発達しており,卵形囊,球形囊,および壺の各耳石をそれぞれ〈礫石(れきせき)〉〈扁平石〉〈星状石〉と呼び,そのうち扁平石が最も大きい。多くの硬骨魚では頭蓋下部の両側にある耳殻の大半が球形囊で占められていて,その内腔をほとんど満たすようにして扁平石が収まっている。扁平石は魚体の成長とともに大きくなるが,魚種によっては成長のあとがこの石に年輪(成長線)として記録されるため,年齢推定に利用されることがしばしばある。これに対して,軟骨魚類では耳石はあまりよく発達しない。
両生類以上の動物では,壺の部分が盲管の突起を出す。爬虫類,鳥類,哺乳類ではそれが多少とも湾曲し,蝸牛管と呼ばれる。とくに,単孔類を除く哺乳類ではこの管はひじょうに長く,三重に巻いたカタツムリ状の形を呈し,蝸牛管の名はこの形に由来する。
ところで,中耳の起源は内耳とまったく異なるところにあった。現存の軟骨魚類では,最前方の鰓孔(さいこう)は〈呼吸孔〉と呼ばれる小孔に退化している(ただし,種によっては消失していることもあり,エイ類では頭部背面に大きく開いて呼吸水の取入口になっている)。骨格を見ると,この呼吸孔の前には上あごの骨格である〈口蓋方形軟骨〉,後ろには頭蓋と顎骨を結合する〈舌顎軟骨〉が位置する。これら二つの軟骨は,もとはえらの骨格(鰓弓(さいきゆう))の上半部だったものである。こうした軟骨魚類の状態は,すべての脊椎動物の原型的な一段階を代表していると考えられており,両生類以上の動物の中耳の空所は,軟骨魚類の呼吸孔と相同のものと結論されるのである。
魚類から進化した両生類では,えらを失って陸生動物になるに伴い,もとの舌顎軟骨が変形して呼吸孔の空所に移り,外表の鼓膜と内耳の卵円窓(前庭窓)とをつなぐ耳小骨(これをとくに〈耳小柱〉と呼ぶ)になる。鼓膜は,呼吸孔の外口が開口せず,皮膚の膜として残ったものと考えられる。耳小柱は音波によって起こる鼓膜の振動を内耳の外リンパ液へ伝達するもので,両生類から進化した爬虫類,爬虫類から進化した鳥類でも基本的に同様の位置関係と機能をもっている(ただし,トカゲ類では本来の耳小柱の外側に〈外耳小柱〉という新しい要素が加わり,これが鼓膜に内接する。またヘビ類では,耳小柱はあるが,鼓膜も鼓室もない。したがって空中を伝わる音を聞くことはできないが,地面からくる音を体そのものを伝達体として鋭敏に感知することができるといわれる)。ところが爬虫類のなかから進化した哺乳類では,爬虫類段階で顎関節をつくっていた頭蓋側の方形骨と下顎後端の関節骨が縮小変形して鼓室の中に入り,それぞれ第2,第3の耳小骨になった。ここで哺乳類の大きな特色である三つの耳小骨の連鎖が完成し,もとの耳小柱は〈あぶみ骨〉,第2・第3の耳小骨はそれぞれ〈きぬた骨〉〈つち骨〉と呼ばれることになる(このため両生類などの耳小柱をあぶみ骨と呼ぶこともある)。哺乳類ではつち骨が鼓膜に内接するが,鼓膜のその部分は哺乳類の成立とともに新たに加わったものであるといわれている。
哺乳類の鼓室はふつう,耳胞という中空の骨塊(ヒトでは側頭骨岩様部)の中にある。耳胞は岩様骨の天井の下側に,耳小骨を保護する形で鼓室骨の覆いがつけ加わったものである。鼓室骨は単孔類や一部の食虫類など原始的な哺乳類では単純な半輪状の骨にすぎず,もとは爬虫類段階の下顎骨格にあった角骨が頭蓋側に移って変形したものと考えられている。また多くの哺乳類では,鼓室骨の内側に内鼓室骨が介在して覆いの一部をなしている。齧歯(げつし)類や食肉類には大きな泡状の耳胞をもつものが少なくない。
他方,魚類段階での呼吸孔の空所は両生類以上の動物では鼓室と咽頭腔をつなぐ耳管(エウスタキオ管)として残り,外気圧に対して鼓室腔の気圧を調節するという重要な働きをもっている。鼓膜は両生類では体表と同じ面にあり,爬虫類,鳥類ではふつう体表より少しくぼんだ穴の中にあるが,哺乳類ではさらに奥深いところにある。
哺乳類では,内耳の迷路も中耳も岩様骨(ヒトでは側頭骨の一部になっている)の骨中に閉じこめられているが,鼓膜よりさらに外側に,やはり骨に囲まれた区域つまり外耳が発達する。爬虫類にも鼓膜の外側に軟骨性骨格をもつものがあるが,哺乳類ではこれがいっそう拡大し,鼓膜から外耳孔に至るトンネル状の外耳道が形成される。ふつう水中で聴音するクジラ類は特異な外耳道をもっている。ハクジラのそれはひじょうに細長くてS字形に曲折し,そこに耳あかがつまっているので実際上は管腔がない。ヒゲクジラでは,外耳孔から少し入ったところで外耳道が狭まり完全に閉じるが,それより奥で再び広がって鼓膜に至る。この広がった管腔には〈蠟栓(ろうせん)〉という特殊な耳あかの塊がつまっている。クジラ類のこのような特殊な耳の構造が何を意味するのか十分明らかになっていない。また哺乳類では,音の通路である外耳道よりさらに外側に,軟骨性骨格をもつ複雑な形の耳介(耳翼(じよく),耳殻(みみがら),耳朶(じだ)ともいう)が発達し,集音装置として機能する。哺乳類の多くはいくつかの耳介筋によって耳介の向きを変えることができるが,霊長類のようにふつう動かすことのできないグループも少なくない。またモグラ(食虫類),アザラシ(食肉類),イルカ・クジラ類など地中または水中の生活に著しく特殊化した種類は耳介をまったく失っている。
執筆者:田隅 本生
ヒトの耳も外耳,中耳,内耳より成る。
外耳は耳介と外耳道から成る。耳介auricleは頭部外側に隆起して1対あり,耳介軟骨を皮膚が覆ってできている。耳介には六つの耳介筋がついているが,ヒトでは,ふつうは耳を動かすことができない。外耳道meatus acusticus externusは長径約0.9cm,長さ約2.5cmの筒状をなしており,奥に鼓膜が存在する。通常は直線でなくS状にまがっているが,耳介を後方へ引っ張ると外耳道がまっすぐとなる。外耳道は外側の1/3を軟骨部,内側2/3を骨部といい,皮膚で覆われている。軟骨部の皮膚は通常の皮膚と同様で耳毛,皮脂腺,耳垢(じこう)腺があるが,骨部の皮膚にはそれらがない。なお,新生児には骨部外耳道がない。
→外耳
中耳は鼓膜によって外耳道と境され,鼓室,乳突洞,乳突蜂巣(ほうそう)から成り,耳管で鼻咽腔とつながる。
(1)鼓室 鼓室cavum tympaniは六つの面に囲まれ,上壁は骨壁をへだてて中頭蓋腔と接し,下壁は外耳道より低く,内頸(ないけい)静脈球が接する骨壁である。前壁には耳管の開口部と鼓膜張筋を入れる骨管があり,後壁の骨の中には顔面神経が走行し,上部で乳突洞と通じている。内壁は蝸牛を覆う骨壁であり,外壁は鼓膜である。鼓室は上,中,下に分けられ,外耳道上壁よりも上部を上鼓室,下壁よりも下部を下鼓室,その間を中鼓室という。
(2)耳小骨 上鼓室にはつち(槌)骨,きぬた(砧)骨,あぶみ(鐙)骨の3小骨があり,これを耳小骨という。これらは関節で連なって,耳小骨連鎖を形成する。つち骨は長さ約9mm,重さ約24mgで,つち骨頭は上鼓室にあり,つち骨柄は鼓膜の内面に付着している。きぬた骨は長さ約7mm,重さ約27mgあり,上鼓室でつち骨と関節で結合し,長脚は鼓室にあって,長脚の豆状突起であぶみ骨と連なる。あぶみ骨はあぶみの形をしており,高さ約3.3mm,あぶみ骨底は約3mm×1.5mmのほぼ楕円形をなし,前庭窓に収まっている。
耳小骨には鼓膜張筋とあぶみ骨筋という二つの耳小骨筋がつく。鼓膜張筋は耳管軟骨上面に付着し,さじ状突起で直角にまがり,つち骨柄上部に付着する。この筋肉は三叉(さんさ)神経の支配をうけ,収縮により鼓膜は内陥し,緊張する。あぶみ骨筋は鼓室後壁にある錐体隆起から腱が出てあぶみ骨頸につく。顔面神経の支配で収縮によりあぶみ骨頭が後方に,底の前部を中耳側に変位させ鼓膜をゆるめる。これらの筋は横紋筋で,あぶみ骨筋は人体で最も小さい横紋筋である。あぶみ骨筋は強大な音響が耳にくると反射的に収縮する。
(3)鼓膜 鼓膜tympanic membraneは成人では外耳道に対して上下斜めに面しているが,小児では水平に近い。中央は内方にへこんで漏斗状をなし,周囲には鼓膜輪があって,鼓室骨の鼓膜溝に付着する。鼓膜は円形に近く直径約9mm,厚さ0.1mmの膜状の構造をなし,3層から成っている。外層は外耳道の皮膚のつづき,中層は固有層といい,繊維束から成り,内層は中耳粘膜である。鼓膜はまた,緊張部と弛緩部に分けられる。緊張部は鼓膜の大部分を占め中鼓室の外壁にあたる。弛緩部は上鼓室の一部を形成し,繊維束がない。
(4)耳管 耳管tuba auditivaはエウスタキオ管または欧氏管ともいい,鼻咽頭の側壁と鼓室前壁を結ぶ長さ約3.5cmの管である。その外側1/3は骨部,内側2/3を軟骨部という。この管の内部は繊毛上皮で覆われている。平常は閉鎖しているが,あくび,嚥下(えんげ)などに際し,軟骨部が開き,それにより鼓室と外界との気圧の平衡をとる。
(5)乳突洞と乳突蜂巣 乳突洞antrum mastoideumは上鼓室の後壁にあいた洞で,乳突蜂巣の入口をなす。乳突蜂巣cellulae mastoideaeは乳様突起内部にある多数の小室で,中耳に連なる粘膜で覆われている。乳突蜂巣は,鼻腔と副鼻腔の関係と同じような役割をもつと考えられている。
→中耳
側頭骨の錐体の中にあり,中耳の内側に接している。聴覚と平行感覚を感受する装置が含まれ,耳の最も中心的部分で,内耳神経が分布している。内耳はかたい迷路骨包(骨迷路ともいう)に包まれ,蝸牛,前庭(耳石器),三半規管から成る。迷路骨包の内部は内耳液で満たされている。内耳液には外リンパ,内リンパの2種類があり,外リンパは内耳道,蝸牛小管により髄液と交通しており,ナトリウム・カリウムイオン濃度は細胞外液のそれに近い。一方,内リンパは細胞内液に近いナトリウム・カリウムイオン濃度をもち,側頭骨内にある閉鎖した腔に入っており,蝸牛の血管条,前庭半規管では暗細胞によって分泌され,吸収は主として内リンパ囊で行われると考えられている。
(1)蝸牛 蝸牛cochleaは文字どおりカタツムリの殻状をしており,ヒトでは2.7回転ほど巻いている。中心には蝸牛軸があり,蝸牛神経,内耳血管を含む。蝸牛の断面をみると鼓室階,中央階,前庭階に分かれており,前庭階と鼓室階は蝸牛の頂上の蝸牛孔でつながっており,内部に外リンパを含む。中央階は蝸牛管ともいい,前庭膜(前庭階壁,ライスネル膜ともいう),血管条,基底膜(基底板,鼓室階壁ともいう)で囲まれており,内リンパを含む。内リンパを囲む組織を膜迷路という。前庭階は,前庭窓(卵円窓ともいう)を介して中耳と接し,蝸牛階は蝸牛窓(正円窓ともいう)を介して中耳に接する。
中央階の基底膜上には感覚細胞の集りであるらせん器(コルチ器ともいう)がある。らせん器は有毛細胞と支持細胞から成り,有毛細胞はコルチトンネルを境にして内,外の有毛細胞に分かれる。支持細胞には内・外柱細胞,ダイテルス細胞,ヘンゼン細胞,内支持細胞などがある。らせん板縁に付着した蓋膜は外側にはりだし,有毛細胞の聴毛を覆う形をとっている。らせん器の内部には外リンパに近い組成の液が存在し,これをコルチリンパと呼ぶことがある。
基底膜はヒトでは厚さ80~500μmあり,蝸牛の中をらせん状に,骨らせん板とらせん靱帯の間を張っており,その幅は基底回転ではせまいが,上方へいくに従い広くなる。
蝸牛神経は内耳道から蝸牛に入り,蝸牛軸の骨管内にらせん神経節細胞を含んだらせん神経節を形成し,そこから出た樹状突起が骨らせん板の中を通り,基底膜にある小孔を通ってらせん器に分布する。なお有髄神経は小孔を通ると髄鞘(ずいしよう)を失って無髄神経となる。これらの神経は求心性神経で,第一次ニューロンは脳幹にある蝸牛神経核におわる。
(2)三半規管 三半規管は三つの半規管semicircular canal,すなわち外半規管,前半規管,後半規管から成る。これらは互いに直交し,両側の内耳の外半規管は同一面上にあり,前・後半規管を含む面は互いに平行している。それぞれの半規管は卵形囊と接続し,その一端は膨隆して膨大部を形成する。膨大部の内部には神経繊維,感覚細胞,血管などを含んだ膨大部稜がある。
(3)前庭 前庭vestibuleは骨迷路の中部を占め,ここには卵形囊と球形囊があり,これらを前庭器または耳石器という。感覚細胞は有毛細胞であり,毛の上には耳石膜が存在する。
→内耳
ヒトでは胎生4週ごろに外耳道のくぼみが生じ,6週に耳介結節ができて,11週ごろに融合する。12週には耳小骨が分化し始め,15週に至って形ができ化骨が始まる。24週で鼓室の気胞化が始まり,誕生によって気胞化が促進され,乳様突起が現れてくる。一方,内耳についていえば,胎生4週ごろ耳胞が生じ,5週で内リンパ管が生じてくる。6週では半規管が形成され,7週で卵形囊,球形囊が分化し,基底回転が形成される。9週で蝸牛は2回転半となる。一方,膜迷路は12週でほぼ成人の形,大きさとなり,らせん器ができ始め,24週で完成する。
ヒトの耳は約20Hzから2万Hzの音を聞きとることができる。音は外耳道,中耳を経て内耳に伝わる。外耳のうち耳介は方向感に役だち,外耳道は2500~4000Hzの音圧を約10dB増強する作用がある。中耳は鼓膜,耳小骨で音圧を増強して内耳に伝える。すなわち媒体の異なる外耳道の空気と内耳液の間を音が伝わりやすくするもので,この働きをインピーダンス整合という。そのおもな要素は鼓膜とあぶみ骨底の面積比でヒトで17:1であり,これにより鼓膜面の音圧は17倍に増強される。また三つの耳小骨にもてこ作用があり,ここでも約1.3倍程度音圧を増強させる。
鼓膜はその両面の圧力が等しいときに最も振動しやすい。このためには耳管の働きがうまくいっていなければならない。すなわち中耳の働きが正常に行われるには,鼓膜とそれにつながる耳小骨連鎖に可動性があること,前庭窓,蝸牛窓も可動性があって,耳骨の機能もよいことが条件となる。これらのいずれか一つに病変が生じると難聴となる。
音が鼓膜を振動させると,その振動は耳小骨に伝わり,あぶみ骨を振動させる。あぶみ骨底は前庭窓に収まっており,振動を前庭階に伝える。ここで振動は外リンパの液体の振動に変換される。前庭階と鼓室階はあたかもU字管のようにつながっており,鼓室階のほうの一端には蝸牛窓があり,ここには蝸牛窓膜(前庭窓膜ともいう)がはっている。したがって,この膜はあぶみ骨底と逆の位相で振動する。この外リンパの振動によって基底膜が振動するが,この際,基底膜上に進行波を生ずる。この進行波の最大振幅を起こす部位は音によって定まっており,高い音は基底回転で,低い音は上方の回転に生じるが,これらは基底膜の物理的性質による。このメカニズムは,ベケシーGeorg von Békésy(1899-1972)によって進行波説として唱えられ,彼はこの業績によって1961年にノーベル医学・生理学賞を受賞した。しかし,その後基底膜は,ひじょうに鋭い周波数分析を行っていることが判明した。
基底膜の周波数分析を神経の電気的信号に変換するトランスデューサーがコルチ器の有毛細胞である。有毛細胞には聴毛があり,基底膜の振動により聴毛と蓋膜との間にずれを生じるが,聴毛が外側にまげられるときに有効刺激となって受容器電位を増加させ,反対側にまげられたときは逆に減少する。有毛細胞の底部には聴覚一次ニューロンの神経終末が付着しており,聴毛のずれによって生じた受容器電位が,化学シナプスの伝達物質の放出をうながす。一次ニューロンの数はヒトで約3万本といわれ,その95%は内有毛細胞と結合しており,外有毛細胞と結合しているのは残りの5%にすぎない。音刺激によって一次的にニューロンにインパルスが生じるが,刺激が強いとインパルスの頻度が増加する。一次ニューロンは延髄の蝸牛神経核へ信号を送る。信号はここから大脳皮質聴覚野へと送られる。
→聴覚
平衡感覚は内耳の三半規管および耳石器によって感受される。三半規管の膨大部には感覚細胞である有毛細胞があり,この上にクプラcupulaをのせている。三半規管は頭のあらゆる方向の回転をとらえるが,根本的には半規管内の内リンパの動きがクプラを動かし,有毛細胞の毛がこれを感じるわけで,半規管は回転加速度の受容器といわれている。
頭が動くと,半規管内の内リンパが流動し,これがクプラを偏位させ,感覚細胞を刺激する。外側半規管では,内リンパの流れが膨大部に向かって流れるときに刺激となり,それと逆の向きの流れは抑制となる(これをエーワルドの法則という)。前・後半規管ではこの逆となる。これは膨大部稜に並んでいる有毛細胞の向きが外半規管と前・後半規管で逆になっていることによる。有毛細胞は1本の運動毛と40~110本の不動毛から成るが,外半規管では運動毛はつねに卵形囊側に向いて並んでおり,前・後半規管では反対に半規管に向かって並んでいる。この有毛細胞の不動毛が運動毛のほうにかたよると細胞の脱分極が起こり,有毛細胞に接続している神経繊維に興奮が生じるが,逆方向にかたよると過分極が起こり,神経活動は弱くなる。
頭の回転加速度の受容器が半規管であるのに対し,重力や頭の位置および直線加速度は耳石器で感受される。耳石器の有毛細胞は,卵形囊では卵形囊斑に,球形囊では球形囊斑にある。双方とも有毛細胞の上には耳石(平衡砂ともいう)を含んだ耳石膜(平衡砂膜ともいう)がある。耳石は水の3倍ほどの重さで,これが毛をゆがませると,その程度,方向によって加速度の大きさ,方向が感受される。この有毛細胞には前庭神経が接続しており,耳石器からたえずインパルスが出されて脳に送られ,姿勢を正しく保持することができる。
なお,平衡感覚は内耳のほかに,筋肉や腱,関節などからの深部感覚も複雑に関与している。
耳の障害は難聴やめまい,平衡障害を起こす。
まず奇形,炎症,外傷などがある。小耳症は耳介の形成不全で耳介は変形し,小さく,外耳道は形成されない(これを先天性外耳道閉鎖症という)。また,耳介のまったくみられないものを無耳症という。中耳は存在することが多いが,鼓膜はなく,耳小骨に奇形がみられる。外傷で耳介の軟骨膜下に出血すると耳血腫となり,あとでかたまって変形をきたす。これは柔道家などによくみられる。鼓膜の外傷には平手打ちなどによる間接的なものと,耳かきなどによる直接的なものがある。交通事故などで側頭骨骨折を起こすと,耳小骨連鎖の離断がみられる。外耳,中耳にも悪性腫瘍のみられることがある。
炎症性疾患には外耳炎,中耳炎がある。外耳炎のうちとくにおでき(耳癤(じせつ))は激痛を伴う。中耳炎は細菌が耳管より入り中耳に炎症を起こすもので,急性と慢性があり,急性中耳炎は風邪をひいたときなどに子どもにみられることが多い。慢性中耳炎では鼓膜に穿孔(せんこう)がみられる。軽度の難聴のほかにとくに症状のないものに滲出(しんしゆつ)性中耳炎がある。また,中耳炎の一種に真珠腫があるが,これは上鼓室,あるいは緊張部の辺縁穿孔より外耳道上皮が中耳に侵入し内部に蓄積し,周囲の骨組織に圧迫壊死(えし),融解を起こす。そのため骨欠損を生ずるもので,内耳炎,顔面神経麻痺,脳腫瘍などの合併症をひき起こす。
難聴は外耳,中耳,内耳のどこに原因があっても生ずるが,外耳,中耳など伝音器の障害によるものを伝音難聴,内耳および中枢の障害によるものを感音難聴という。これらは聴力検査によって診断される。
→難聴
内耳の病気は難聴を起こすものと,めまいや平衡障害を起こすものに分けられる。難聴を起こすものには奇形,炎症,薬剤による中毒,遺伝性疾患,その他原因不明の疾患などがある。突発性難聴は急激に生ずる高度感音難聴で,ウイルス感染,血液循環障害などが原因と考えられている。ある種の抗生物質は難聴に強い毒性を有しており,有毛細胞の消失を起こす。ストレプトマイシンなどが代表的である。また利尿剤,例えばフロセミドなどは血管条に変化を起こし難聴を起こすが,その作用は一時的である。これらの化学物質を聴器毒という。
蝸牛,球形囊は内耳のなかでも系統発生学的に新しいが,これらが選択的におかされる疾患がある。それはある種の遺伝性難聴,突発性難聴を含むウイルス性疾患,老人性難聴である。
内耳は小さく,しかもかたい迷路骨包に包まれているため,臨床的にその内部の状態を知ることは困難である。しかし,鼓膜を翻転して中耳を観察すると,診断の確定する内耳疾患がある。それは内耳液が中耳にもれて出てくる疾患で,頭部外傷の際や,力むとか強く鼻をかむとかいった場合にみられ,髄液圧あるいは中耳圧が急に上昇して前庭窓,蝸牛窓が破裂して起こる。これを外リンパ瘻(ろう)という。これによって急に高度難聴を起こし,また,めまいや平衡障害を伴うことがある。内耳梅毒ではメニエール病とほぼ同様の病状を示すことがある。
めまいを起こすものとしては,メニエール病がよく知られている。この病気は内リンパ水腫が本態であるが,内リンパ水腫がどのような状態のときにめまい発作が生ずるのか明らかでない。膜迷路が水腫のために破れて,内リンパが外リンパへ流れ出したときにめまい,難聴を起こすという説がある。メニエール症ではめまいのほかに,難聴や耳鳴りも起こる。また,突発性難聴でもめまいを伴うことがある。化膿性内耳炎により一側の内耳の機能が廃絶すると,激しいめまいを起こし聾(ろう)となる。聾は治らないが,めまいは数週間でおさまる。これは正常側の内耳による代償作用が起こるためである。
頭を特定の位置にするとめまいの起こる病気がある。これを良性発作性頭位眩暈(げんうん)症という。例えば横になって頭を右下にするとめまいを感じ,眼振を伴うが,頭を戻すとおさまる。この病態は十分には判明していないが,半規管のクプラに異常が生じ,重力加速度を感じるためとする説がある。
前庭系は急激な変化をうけるとめまいが生じるが,少しずつ変化する場合はめまいや,平衡障害を生じない。そのよい例はストレプトマイシンの副作用である。この抗生物質は前庭系の感覚細胞を障害させるが,体の平衡は前庭系のほか視覚,深部知覚によって保たれているため,前庭系が徐々に破壊されても平衡は保たれる。しかし,目を閉じて視覚からの信号をとるとふらつきが著しくなる。
前庭系は自律神経系と密に連絡がとれており(前庭自律神経反射),前庭が日ごろ経験しないような刺激をうけると,自律神経系に異常な刺激が送られ,冷汗,蒼白(そうはく),吐き気,嘔吐,めまいなどを起こす。船酔いや乗物酔いはこのような機序で起こる。
宇宙船で飛行士が宇宙旅行を行うようになって宇宙酔い(宇宙不適応症候群ともいう)の問題もでてきた。症状は船酔いと同様であるが,これには無重力の影響が大きい。すなわち重力が小さくなるため,前庭神経核,小脳への信号が消えるか,あるいは異常となる一方,抗重力筋は弛緩して筋肉から中枢への信号も異常となる。また,目を固定している筋も弛緩して眼球運動が異常となる。このような因子が宇宙酔いをおこす誘因となると考えられている。
→聾啞
執筆者:野村 恭也
中国医学では腎の精が体表に通ずる穴が耳であり,腎が耳をつかさどるから腎が健康なら聴覚もよいと考えた。これに対して西欧の占星術的医学では,腎を支配するのはてんびん座,耳を支配するのはおうし座であって別系統である。漢字の〈耳〉は象形文字だが,英語ear,ドイツ語Ohr,フランス語auriculeなどは,いずれもラテン語audire(〈聞く〉の意)の名詞化aurisと通じている。
他の動物と比較してヒトの耳介がその形状でも作用でも退化したものであることは,古くからだれの目にも明らかだったので,旧約聖書の《雅歌》8章のどこにも耳を褒めた句はないし,意表をつく修辞で〈わたしの女は……〉と身体各所を巡ったA.ブルトンの《自由な結合》も耳は省いてしまった。耳介を貝殻にたとえるのはよくあることで,P.ベルレーヌの《貝殻》にもいろいろな貝殻の連想をうたうなかで,〈この貝は,お前の耳の色っぽさ〉(堀口大学訳)と軽く流している。また,J.コクトーの短い詩《耳》にも,〈私の耳は貝の殻,海の響きをなつかしむ〉(同上)とあるのも同じ連想の枠内にある。人類学者の椿宏治によれば,耳介の形状は上部が広いもの,上下の幅がほぼ平行なもの,中部が広いもの,下部が広いものの4形があり,耳たぶには丸形,角形,流れ形の3形があるとのことである。洋の東西を問わず,ヒトの耳介はこれらのいずれかまたはその中間形をしている。ただし,いわゆる美しい耳は,耳輪のなだらかな曲線と豊かな耳たぶとして表現されている。古代ギリシア彫刻では耳輪はほぼ円弧状であり,古代西アジアを見てもササン朝期の帝王たちの耳介は美しい楕円形であるし,モヘンジョ・ダロから出土した前2000年ころの男性像もみごとな楕円形耳介である。シュメール人の残した前2500年ころの人像などをみても,楕円形耳輪と大きな耳たぶを強調している。
耳介の美形に対する極として,他の動物に似た巨大または異形の耳を醜とする考え方が各地にあった。ヤハウェがつくった最後の悪魔ビヒモスは象のような耳と顔貌をもつ醜形で,自身もあきれるほどだった。メフィストフェレスの耳はロバのようであり,シェークスピア《夏の夜の夢》のパックたちはとがった長い耳をもつ。日本でも般若の耳は耳介結節よりも上部の耳輪の一部がとがっている。古代中国神話の怪物雨師妾(うししよう)は〈左耳有青蛇,右耳有赤蛇〉(《海外東経》)というし,黄帝と争った夸父(こほ)族は皆,巨人で耳には2匹の黄蛇をぶらさげていた。
耳の美を補完するものとしての耳飾は,世界中至るところに見られる。エジプトのミイラ,古代マヤ族の彫像の耳の穴は,いずれも耳飾があったことを示しているし,前述したササン朝の諸帝王もみごとな耳飾を下げている。古代インドの神々も,バラモン教のクリシュナ,シバをはじめ重そうな大きい耳飾をつけているし,仏教の如来や釈迦たちも例外ではない。当時は一般男女の間に広くこのような習俗があったのであり,インド上流階級だけの装飾ではなかったことは,残された多くの彫刻などからうかがえる。耳飾は古代日本にもあった。縄文時代には土製または石製であり,環状あるいは環の一部に切れめのある玦状(けつじよう)耳飾である。これが古墳時代に入ると,銅に金をかぶせたもの,金製の鎖状のもの,鎖に水滴状やクチナシの実状のものをつないだ細金細工など,実に多様で美しいものが多い。ところが,飛鳥・奈良時代以降,耳飾はなくなっていった。残された仏像で見るかぎり,大乗仏教でも小乗仏教でもその耳は異常に長大である。ところで中国では,耳は神の声を聴く,自然の啓示を聴くものとして尊ばれた。人間の理想的な姿としての〈聖〉とは〈耳さとき人〉の意であったし,〈聡(さと)い〉という字も耳偏である。〈耿〉〈耽〉〈聊〉〈聆〉〈聴〉などの字はいずれも,精神活動の多様性を表している。老子の名は耳(じ)(《列仙伝》)または重耳(《神仙伝》)で,漢の武帝の前に現れた仙人の耳は頭より上に出て,下は肩まで垂れていた(《神仙伝》王興)。《三国志演義》の著者は蜀の劉備をひいきにしていたので,劉備の耳は肩まで垂れていたとして,帝王の資質を力説している。このように儒教が人間究極の理想として〈聖〉を掲げたり,老子の思想がはぐくまれているような文化圏の,耳に関心を寄せる人々の間に,1世紀ころ大乗仏教が伝来した。仏教思想を具現した釈迦や菩薩の姿が,一方では好奇心をそそる異様なかっこうでありながら,他方大きな耳朶をもつ柔和な顔貌で人々をとらえたと考えられる。ところで,儒教に対立した老荘の思想は,仏教伝来後にむしろ隆盛し,2世紀の半ばを過ぎると老子は神格化されていくが,他方では仏教に老荘思想が影響を与えて禅宗をつくったといえる。大乗仏教が軽視した羅漢は,禅宗の中で中国古来の道士の風貌を備えて勢いを得るようになり,すべての羅漢が巨大な耳たぶをもって表された。
このように古代中国の風土になれた仏像が入ってきたのだから,日本の仏像も同じように豊かな耳たぶをもった。仏陀や如来の頸に三道という3本のしわがある。その中央のしわから頭の頂上までの長さの2分の1の長さが耳の長径であり,この長い耳の約半分が耳たぶである。観音の耳には2条の髪の毛が横切るが,耳の大きさや形は仏陀と変わらない。ただし,天部に属する仏像(吉祥天など)は耳輪の幅が広くて耳介の長径はやや短いが,この場合も大きな耳たぶをもつ。仏教思想の普及とともに,日本にも大きな耳朶を尊いとする考え方が広まっていった。各地に出土する埴輪には耳環はあるが耳介は決して大きくはない。しかし,聖徳太子像はみごとな福耳を示しているし,江戸時代にその信仰が盛んになった恵比須,大黒,福助の像も豊かな耳朶を強調している。逆に耳朶が小さく流れているのは俗に〈貧乏耳〉といわれるが,これらの考え方は日本古来というよりも,先に述べたような仏教や古代中国思想が根づいたものと思われる。《和漢三才図会》は明代の人相学書《神相全篇》を引用して,耳が厚くて堅く高くそびえて長いのは長命の相で,輪郭がはっきりしているのは聡明であり,肉が厚ければ財をなすが,薄ければ貧しいと述べている。
耳を重視した古代中国では,医学の分野でも注目すべき思想が発展した。耳介を詳しく診察して全身の疾患を診断しようとしたり,耳に針などを刺して他の臓器の病気を治そうとする試みがそれである。この考え方は,すでに前1世紀末には存在していたとの記録がある医書《黄帝内経(こうていだいけい)》に述べられている。以来数多くの医書が耳診と耳鍼療法(じしんりようほう)について触れ,現在の耳介の各部が全身諸器官のどれと対応するかという地図までつくられている。しかし西洋医学が動物の身体を支配する神経系と脈管系のほかに,耳診と耳鍼療法を基礎づける中国医学独自の経絡説を認めないかぎりは,これを理解することは絶対に不可能である。
耳にだけ般若心経の経文を書き忘れられた琵琶法師芳一は,平家の亡霊に両耳を持ち去られた。いわゆる〈耳なし芳一〉の話がこれである。また,源頼義が前九年・後三年の役で死亡した者の片耳を切り取って皮籠に入れ,埋めた上に耳納堂を建立したというが(《古事談》),文禄の役ののち,首級の代りに持ち帰った耳を葬ったという方広寺門前の耳塚なども,よく知られる。イエスが捕らえられたとき,弟子ペテロは大祭司の僕(しもべ)マルコスの右耳を剣で切り落とした(《ヨハネによる福音書》18:10)が,イエスは制止してマルコスの耳に手を触れてこれを治している(《ルカによる福音書》22:51)。1810年版の英訳聖書は〈Who hath ears,let him hear.(耳のある者は聞くがよい)〉を〈目には目を〉式に〈Who hath ears to ear,……〉と誤って印刷したため,〈The Ears to Ear Bible(耳には耳をの聖書)〉と呼ばれた。英語の針の〈目〉eye of the needleは日本では針の〈耳〉である。また顔の辺縁に位置することから転じて耳が辺縁,とくにその肥厚した部分を表す語となり,布地や食パンも耳をもつことになった。
執筆者:池澤 康郎
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普通は、脊椎(せきつい)動物の頭部にある聴覚器官と平衡覚器官との総称で、内耳(ないじ)、中耳(ちゅうじ)、外耳(がいじ)が含まれる。一方、音の受容器を一般的に耳とよぶことがあり、これには昆虫類の鼓膜(こまく)器官のようなものも含まれる。
脊椎動物の内耳は元来、魚類や水生両生類の側線器または感丘とよばれる水流や水の振動に反応する機械的刺激受容器が、体内に沈み込んでできたものと考えられている。内耳は「迷路」ともいわれるように複雑に入り組んだ袋状の器官の集まりで、その基本的要素は、前庭の卵形嚢(のう)と球形嚢、および半規管である。球形嚢にはつぼとよばれる部分があり、爬虫(はちゅう)類、鳥類、そして哺乳(ほにゅう)類において音の受容器として発達する。とくに哺乳類では長く伸びて渦巻をつくり蝸牛管(かぎゅうかん)となっている。これらの器官は聴側線系または側線迷路系と総称され、有毛細胞がその共通の受容器である。1個の有毛細胞には数十本の感覚毛がある。その一端にある1本の毛には、微小管が集まってできた繊毛軸糸の構造が認められる。繊毛軸糸は、運動性細胞小器官である繊毛に特徴的なもので、この感覚毛が繊毛起源であることを示唆する。この軸糸をもった感覚毛を動毛、もたないものを不動毛とよぶ。不動毛は繊毛とは異なる微絨毛(びじゅうもう)であり、その内部には規則正しく並んだアクチン繊維がある。側線器や半規管の有毛細胞にある感覚毛は、クプラとよばれるゼラチン様物質でできた薄膜に埋まっている。クプラが水流を受けて傾くと、そのゆがみが有毛細胞に受容器電位を生じさせる。有毛細胞の不動毛は、1本の動毛から離れるにしたがってしだいに短くなるように規則正しく並んでいる。クプラが動毛の側に倒れると有毛細胞は脱分極し、反対側に倒れると過分極する。有毛細胞にきている求心性(感覚性)神経は、つねにほぼ一定の頻度で自発性インパルスを出しているが、有毛細胞が脱分極すれば自発性インパルスの頻度は増加し、過分極すれば減少する。また有毛細胞には、遠心性神経による抑制性の支配が知られている。
脊椎動物の内耳の球形嚢と卵形嚢においては、感覚毛の上に、炭酸カルシウムの結晶が集まった平衡石がのっており、それに加えられる力により、重力の方向や直線運動の加速度を受容する。半規管は卵形嚢から出て半円を描き、また卵形嚢に戻る管状の器官で、管内部の液(内リンパ)の流動とそれによるクプラの傾きにより回転運動を受容する。脊椎動物のなかでも原始的な円口類では、卵形嚢と球形嚢が分離せず半規管が1個しかないものや、卵形嚢、球形嚢は分かれるが半規管が2個であるものがある。それ以外の脊椎動物では3個の半規管がそれぞれ直交する面内にあり、空間内のどのような面内における回転も受容できるようになっている。コイ、ナマズなど、ある種の硬骨魚類では、前から3個の椎骨の突起からできた骨片がうきぶくろと球形嚢を連絡している。このウェーバー器官とよばれる装置によって、水中音によるうきぶくろの圧変動は球形嚢に伝えられる。
陸上動物では、空気の振動である音波を内耳球形嚢の内リンパ液の振動として伝えるために、特別の力学的装置を必要とする。両生類以上の脊椎動物では第1鰓弓(さいきゅう)より発生した鼓室と鼓膜、鼓室小骨による中耳が発達する。耳小骨は、両生類から鳥類までは柱状の耳小柱1個であるが、哺乳類では3個となる。哺乳類で発達する蝸牛は、ワニ類や鳥類では基本的には直線的に伸びた管で、渦巻はつくっていない。これは音波を受容する器官で、管の長軸に沿って連なるコルチ器には3列と1列に並ぶ有毛細胞があり、その上を蓋膜(がいまく)が覆っている。哺乳類の成体の有毛細胞には動毛がない。蝸牛は音の周波数または高低を識別する器官で、蝸牛管が長いと周波数の識別能力も高くなる。哺乳類一般についていえば、小さな動物ほど高い周波数を受容する。ヒトの可聴範囲(20~2万ヘルツ)に比べて、ネコ(5万ヘルツ)やコウモリ(10万ヘルツ)は高い周波数の上限をもっている。一方、ゾウではヒトの可聴範囲の下限に近い低音がもっともよく聞こえる音であるといわれている。クジラは例外で、15万ヘルツ以上の高い音を聞くことができる。コウモリやクジラは、高い周波数の音を発し、その反響を聞いて物体の位置や方向を知る反響定位を行う。
昆虫類には、鼓膜器官とよばれる音の受容器がある。その場所は前肢の脛節(けいせつ)(コオロギ)、第2腹節(セミ)、後胸(ドクガ)など、種によってまちまちである。可聴範囲は高い周波数にずれており、ガは天敵であるコウモリの発する超音波によく反応する。一般に鼓膜器官は音波の周波数を分析する機構はもっていないが、音の強弱や音源の方向を探知する能力は優れている。
なお、俗称では哺乳類の外耳の耳介(じかい)(耳殻)やそれに似たものを耳という。この場合には、聴覚や平衡覚の受容器としての機能には関係なく外形の類似のみによる呼称である。プラナリアの頭部の突起や、ミミイカの胴から出ているひれを耳というのはこの例である。
[村上 彰]
聴覚と平衡感覚(平衡覚)をつかさどっている感覚器をいい、内部に聴覚受容器と平衡覚器を備えている。聴覚器は外耳、中耳、内耳の3主部から構成される。外耳は耳介と外耳道からなるが、俗に耳とよぶ場合には、耳介だけをさすこともある。
[嶋井和世]
耳介の形状と大きさには個人差が著しいが、これは耳介の基礎となっている耳介軟骨によって形状と大きさが決まるためである(耳介軟骨は弾性軟骨)。耳介の下方につながっている耳垂(じすい)(ミミタブ)にはまったく軟骨がなく、おもに脂肪組織からなる。耳介内部の三角窩(か)には多量の汗腺(かんせん)と脂腺があり、耳珠(じしゅ)(外耳孔の前縁で後方に向かって突出した部分)の皮膚には比較的粗剛で短い耳毛(じもう)が生えるが、これは対珠(たいしゅ)(外耳孔の後ろ下方で耳珠に対して隆起した部分)にも及ぶ。耳介の外耳孔から鼓膜までの管状の部分が外耳道である。
[嶋井和世]
外耳道は約25ミリメートルの長さをもつが、内側の3分の2は骨性外耳道、外側の3分の1は軟骨性外耳道で、全体としてみると、その走行は緩いS状彎曲(わんきょく)を示している。すなわち、水平面から見ると外側部は前方に凸で、内側部は後方に凸となり、垂直面(額面)から見ると、外側部は下方に凸で、内側部は上方に凸となる。骨性外耳道には皮下組織がほとんどなく、骨壁がすぐ皮下にきているうえ、骨膜が皮膚と固着しているため、耳かきなどが触れると痛みを感じやすい。なお、乳児では骨性外耳道はまだほとんどできていないが、5、6歳になると軟骨性外耳道と骨性外耳道の長さはほぼ等しくなる。外耳道には耳介側頭神経(三叉(さんさ)神経の枝)と迷走神経の枝が分布しているため、舌や歯(ここにも同じく三叉神経が分布している)を刺激したとき、耳に痛みを感じることもある。また、外耳道を刺激すると、迷走神経の反射によってくしゃみが出たりすることもある。外耳道の最奥には鼓膜があり、鼓膜はその奥にある中耳と外耳道との境となっている。
[嶋井和世]
鼓膜は、耳介を後方に引っ張ると外耳道がまっすぐになるため、外耳口から観察することができる。鼓膜は前上方から後下方へと斜めに長くついているが、新生児ではやや丸く、また、ほぼ垂直になっている。このため、新生児では耳介を下に引っ張ることによって鼓膜を見ることができる。鼓膜の外側面には、三叉神経の枝が分布しているので痛覚は鋭敏となる。鼓膜の奥の小さな部屋が中耳である。
中耳はおもに鼓室からなり、これに咽頭腔(いんとうくう)と連絡する耳管と副洞(乳突洞・乳突蜂巣(ほうそう))が付属している。鼓室の全形は両凹レンズ形を呈し、鼓膜とほぼ同様の傾斜をしている。鼓室の壁は六壁に区分されるが、鼓膜は外側壁にあたる。鼓室の後上方壁からは乳突洞口を経て乳突洞、さらにこれから乳突蜂巣に連なる孔(こう)があり、前下方壁からは耳管鼓室口を経て耳管に連なる孔がある。耳管は耳管咽頭口を経て咽頭に開口するため、鼓室の内腔には空気が存在し、耳管が開いていれば鼓室は大気圧と同じとなる。
鼓室内腔には、三つの耳小骨が関節で連結して連鎖をつくり、これには筋および靭帯(じんたい)が付属している。耳小骨の連鎖は鼓膜と内耳の前庭窓との間にわたっており、鼓膜側からツチ骨(槌骨)、キヌタ骨(砧骨)、アブミ骨(鐙骨)の順につながっている。ツチ骨柄(へい)の部分が鼓膜に付着し、アブミ骨底の部分が前庭窓にはまり込んでいる。鼓膜の振動は三つの耳小骨を伝わり前庭窓に達するが、前庭窓の広さは鼓膜の広さの約20分の1とされるため、鼓膜への刺激は前庭窓にはほぼ20倍に拡大されて伝わることとなる。
[嶋井和世]
内耳は中耳からさらに奥深い側頭骨岩様(がんよう)部の内部にあって、骨迷路(こつめいろ)とその内部を占める膜迷路からなる。骨迷路は前庭(前庭器官)、骨半規管(骨三半規管)、蝸牛(かぎゅう)(蝸牛殻(かく))に区別され、膜迷路は骨迷路と同じ形の膜性の閉鎖管である。膜迷路の中には内リンパ液(内リンパ)が流れており、外側の骨迷路との間には外リンパ組織があって外リンパ液(外リンパ)が充満している。つまり外リンパ液が膜迷路を囲んでいることになる。
骨迷路の前庭内には膜迷路の球形嚢と卵形嚢があり、いずれも位置覚器の働きをもっている。また、骨迷路の半規管内にある膜性三半規管(外側・前・後半規管)とその膨大部は、回転加速度の運動覚器としての働きをもっている。そして、これらのそれぞれが平衡感覚をつかさどる。蝸牛はその内部に蝸牛ラセン管をもち、同形の膜性の蝸牛管(全長約30ミリメートル)が通っている。蝸牛管の中のコルチ器(ラセン器)は聴覚器としての働きをもっている。
[嶋井和世]
耳の穴、聴力、耳たぶなどに関して、それぞれ民間伝承を伴う。耳の穴は、鼻の穴とともに霊の出入口と考えられており、睡眠中に蜂(はち)などが出入りする類(たぐい)のモチーフをもつ昔話は、それを示しているとみることができる。聞く機能に関しては、盆の初めに地面に耳を当てると、地獄の物音が聞こえるとか、同齢者が死ぬと耳鐘(みみがね)といって、耳鳴りのような予兆現象があるという。同齢者が死んだということを聞くと、すぐ耳塞(みみふさ)ぎをして、聞かなかったことにする呪法(じゅほう)がある。5月5日などには耳くじりといって、「よいこと聞くように、悪いこと聞かないように」と唱える行事もある。耳たぶに関しては、大きなものを福耳というが、生まれつき耳たぶに小穴のある人について、母親が妊娠中に機(はた)を織ったためだなどの伝承がある。人間の耳ではないが、放牧の牛に耳印(みみじるし)といって種々の切り込みを入れ、飼い主のしるしにすることがある。
[井之口章次]
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…ほおと上唇との境には左右あわせて八字形の鼻唇溝があり,また下唇とおとがい(頤)との間には一字形または弓形の頤唇溝(いしんこう)がある。(4)耳は頭,顔,くびの3部の相合する点にある貝殻状の皮膚のひだである。正しい解剖学名は〈耳介〉(介は貝の意)で,一部は軟骨を芯にしている。…
…中世に多く製作された職人歌合絵(うたあわせえ)の類には,針磨(はりすり)と呼ばれる針づくり職人の姿が見られるが,多くは舞鑽(まいきり)を用いてめど穴をあけているところを描いており,この作業が針づくりの工程の中で重要であったことを示している。針の穴については,早く平安時代の《宇津保物語》にも,〈いと使ひよき手作りの針の耳いと明らかなる〉と,耳(穴)が使いよさにつながることが語られており,後の《慶長見聞集》にも,小さな針に穴をあけることへの驚きが記されている。 中世には京都の姉小路針が有名で,《庭訓往来》にもその名が見える。…
※「耳」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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