改訂新版 世界大百科事典 「職務執行命令」の意味・わかりやすい解説
職務執行命令 (しょくむしっこうめいれい)
国の機関としての都道府県知事(または市町村長)の権限に属する国の事務の管理もしくは執行に関して,上級行政機関として主務大臣(または都道府県知事)が発する行政監督上の命令(地方自治法151条の2-2項,12項)。普通地方公共団体の長(都道府県知事,市町村長)は,法令に基づきその権限に属する国の事務(機関委任事務。148条)を処理する場合,国の機関として,都道府県知事は主務大臣の,市町村長は都道府県知事の,それぞれ下級行政機関の地位に置かれている。職務執行命令は,国の機関としての都道府県知事(または市町村長)の権限に属する国の事務の管理もしくは執行に法令の規定もしくは主務大臣(または都道府県知事)の処分に違反するものがあると認めるとき,または,その国の事務の管理もしくは執行を怠るものがあると認めるとき,文書をもって,当該都道府県知事(または市町村長)に対し,その旨を指摘し,期限を定めてその是正を勧告し,期限までにその勧告事項が行われないときは,期限を定めてその行うべき事項を命令することを内容とする。このような職務執行命令の実効性を担保するために,まず,同命令に定めた期限までに都道府県知事(または市町村長)が当該事項を行わないときは,主務大臣(または都道府県知事)は,高等裁判所に対し,当該事項を行うべきことを命ずる旨の裁判を請求することができる(151条の2-3項)。この請求を受けた高等裁判所は,所定の手続(151条の2-4項,5項)を経た後,主務大臣(または都道府県知事)の請求が理由があると認めるときは,当該都道府県知事(または市町村長)に対し,期限を定めて当該事項を行うべきことを命ずる旨の裁判をしなければならず(同条6項),この裁判の内容をなお都道府県知事(または市町村長)が当該期限までに履行しないときは,主務大臣(または都道府県知事)は知事(または市町村長)に代わってそれを行うことができる(同条8項)。
従来の職務執行命令訴訟手続においては,右の職務執行を命ずる裁判に引き続いて,期限までに当該事項を行わないときはそのことについての事実の確認の裁判を経るという2段階の裁判が必要とされており,また,それとあわせて事実の確認の裁判があった場合の内閣総理大臣による知事の罷免権が認められていたが,1991年の地方自治法改正によって,上記のように事実の確認の裁判が省略されるとともに,従来から違憲の疑いが指摘されてきた知事の罷免制度が廃止されることとなった。
なお,地方自治法改正法の政府原案においては,職務執行を命じる裁判も含めて事前の裁判をすべて省略し主務大臣による代行ができるような内容になっていたため,各方面からの反対を受け,このような内容に修正されることとなった。
職務執行命令は,英米法上の職務執行命令訴訟にならい,マンディマス・プロシーディングmandamus proceedingと呼ばれるが,英米法の場合と異なり,個人の権利救済の制度ではなく,国と地方の行政機関の間で争われる機関訴訟(行政事件訴訟法6条)という独自の制度である。通常の行政組織における下級行政機関とは異なり,国の機関とされる都道府県知事または市町村長は,いやしくも住民の直接選挙によって選出された首長であり,地方自治を保障する憲法原理からみて,これを行政監督上の命令に従わせたり,その命令に従わない場合に代行という手段をとるためには,第三者たる裁判所の公平な審理と判断によることにしたものである。ただし,1991年の改正によって従前の制度より後退した面は否めない。なお,このような職務執行命令の前提となる機関委任事務の量の多さは地方自治行政を侵害するおそれが大きいとしてしばしば批判されている(地方自治法別表三,四参照)。
→委任事務 →地方自治
執筆者:福家 俊朗
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報