コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

腰巻 こしまき

5件 の用語解説(腰巻の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

腰巻
こしまき

腰に巻く布ないし衣服のことであるが,大別すると2種ある。 (1) 小袖形式のもので,15世紀以降,宮中の下級女官たちが盛夏の時節の帷子 (かたびら) の上に着けた。着装法は一度着てから両肩を脱いで腰に巻きつけた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

こし‐まき【腰巻(き)】

女性が和装するとき、下着として腰から脚にかけて、じかに肌にまとう布。ゆもじ。おこし。
中世以降、武家の女性や宮中の下仕えの女官が、夏に小袖の上につけて肩脱ぎとして腰から下に巻きつけた衣服。江戸時代、武家の上級の女性が類似のものを礼装として用いた。
能楽の女装束の着方の一。また、その装束の名。着付けの上から縫箔(ぬいはく)の小袖を腰に巻くように着て、両袖は手を通さないで後ろに垂らすもの。「羽衣(はごろも)」などで用いる。
兜(かぶと)の錏(しころ)との接続する部分。
土蔵の外回りの下部の、特に土を厚く塗った部分。
書籍やその箱の下部に巻き付けてある紙。帯。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

腰巻【こしまき】

本来室町〜江戸時代に武家の女性が夏の正装に用いた表着。黒あるいは黒紅色の地に一面宝尽し松竹梅などの吉祥模様を刺繍(ししゅう)したもの。両袖(そで)を堅い芯(しん)の入った付帯(つけおび)(提帯(さげおび)とも)の両端に通して,ちょうど衣紋掛(えもんかけ)に着物をかけるようにして腰から下に着装した。
→関連項目小袖

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

こしまき【腰巻】

初めは武家社会の婦人の礼装として用いられた表着(うわぎ)を指したが,江戸時代後期以降主として庶民社会の女性に用いられた湯巻や蹴出(けだし)のことを腰巻というようになった。さらに現代では腰から脚部にかけてまとう布を,腰巻と総称するようになった。
[武家の腰巻]
 室町時代の末期から江戸時代にかけて,殿中の女性が表着として夏の正装に用いた(イラスト)。表は黒地に色糸でこまかい〈宝尽し〉や〈松竹梅〉などのめでたい模様をぬいとりし,裏は赤の無地の袷(あわせ)仕立てで綿ははいっていない。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

腰巻
こしまき

(1)武家女性の礼装用服飾の一種と、(2)武家、庶民の女性の間で肌着として用いられたものとの2種類がある。
(1)武家の女性が打掛のかわりに、盛夏の時節に、腰から下に巻き付ける小袖(こそで)仕立てのもので、これにも振袖と留袖とがある。これを着装した絵画では高野山(こうやさん)持明院にある『浅井長政(ながまさ)夫人像』が最古であろう。江戸時代、大名家では儀式用として嫁入り道具の一つにも数えられ、持参していくのを習いとした。地は、いずれも黒か黒紅色の練貫(ねりぬき)地でつくられた袷(あわせ)仕立てで、模様は宝づくし、あるいは松竹梅、鶴亀(つるかめ)と亀甲(きっこう)つなぎの総刺しゅうで、精緻(せいち)を極めた工芸品である。腰巻の着装は、茶屋染(ちゃやぞ)めの帷子(かたびら)の上に下げ帯を締め、その上に腰巻の小袖を羽織って、腰帯で留めてから、両袖をぬいで、その中に下げ帯を通しておくのである。この小袖は盛夏だけのものであるから、その間に祝儀が行われない限りは着用しない。御殿女中の間でも、衣服定めに腰巻着用が行われたが、江戸幕府崩壊後はこれを着用しなくなった。
(2)布幅二つを縫い合わせてつくった肌着のことを腰巻といっているが、元来は裾除(すそよ)けの意味である。現代では両者の区別がなく、女性の腰から下を覆うものの総称となっている。江戸時代、女性の恥部を隠すものであることから恥隠(ちかく)しといい、木綿二幅で構成されているので二布(ふたの)ともよび、また入浴用の道具であるところから風呂褌(ふろふんどし)、湯具、湯巻ともいい、これを大和詞(やまとことば)で湯文字(ゆもじ)ともいった。男女とも、江戸初期まで、現在のように真っ裸で風呂に入らなかったので、この名称ができたのである。女性の身だしなみとして、二布の裾が風に吹かれて開いたりするのを嫌って、二布の裾に4か所、鉛の鎮(しず)を入れたものである。二布の色は紅であり、年配になると水浅黄(みずあさぎ)であった。
 江戸時代中期を過ぎるころから、女性の物見遊山や京見物、伊勢(いせ)参宮、成田詣(もうで)、川崎大師詣など、遠方の地へ旅立つ者が多くなった。道中では足さばきのよいように、着物の裾をはしょるものが増え、その反面、赤い蹴出(けだ)しが見えるので、これを隠すために、下着の延長のように見える裾除けというものが、化政期(1804~30)に入って京坂から流行し始めた。この裾除けのことを当時、腰巻と称し、上方(かみがた)から江戸へ伝播(でんぱ)したのである。二布にしろ裾除けにしろ、上部の両端に紐(ひも)をつけ、それで腰部を留めるのが一般の習わしである。しかし、和服から洋服へと女性の衣生活が変化したことによって、和服とともに、その利用は激減している。また、江戸は、毎年火災に襲われるので、火災を知らせるために、赤い腰巻を振ったり、物干し棹(ざお)にかけたりする風習が、昭和の初期まで行われた。[遠藤 武]
『堀内信著『南紀徳川史 第16冊』(1933・同書刊行会) ▽池之端著『奥女中袖鏡』(幕末・和洋女子大学本) ▽遠藤武「近世湯文字蹴出考」(『史苑』11巻3、4号所収・1938・立教大学)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の腰巻の言及

【打掛】より

…小袖に帯を締めた上に打ち掛けて着た同形の表着(うわぎ)で,歩くときに褄(つま)をとるため搔取(かいどり)ともいった。夏は上半身を脱いで用いた形から腰巻と呼んだ。その前身は広袖の女房装束の表着の(うちき),これに次ぐ礼装の小袿(こうちき)とする説と,小袖を着用するようになって生まれた礼装とする説とがある。…

【能装束】より

…(1)壺折 唐織や舞衣の裾を腰の部分で折りからげて着ること。(2)腰巻 摺箔などの着付の上に縫箔を着て,その両袖を脱いで後ろに垂らす着装法で,女性役に限って用いる。(3)裳着胴(もぎどう) 着付だけで,上衣をつけないこと。…

【張着】より

…張着の形体は今日実物資料が残っていないため明らかでないが,小袖形の衣服で,これを小袖の上に重ねて用い,あるいは上半身を脱いだ形で腰にまとって用いたものと思われる。後に武家の女装としてもこれが取り入れられ,腰巻または尻切(しきれ)といって,夏季殿中の正装として帷子(かたびら)の上に肩を脱いだ形で着用された。【山辺 知行】。…

※「腰巻」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

腰巻の関連キーワードランニングシャツ最敬礼江戸褄腰紐和装上裏あれえ行縢勝負下着じゅばん(襦袢)

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone

腰巻の関連情報