デジタル大辞泉 「鶴亀」の意味・読み・例文・類語
つるかめ【鶴亀】[曲名]
長唄。謡曲「鶴亀」の詞章に10世
能,邦楽の曲名。(1)能 喜多流は《月宮殿》と称する。脇能物。作者不明。シテは中国の皇帝。中国古代の王宮で新春の節会(せちえ)が行われている。官人(アイ)の先触れがあって皇帝が玉座につく(〈真ノ来序〉)。廷臣一同(ワキ・ワキヅレ)が居並んで帝を敬うその宮殿のありさまは,金銀珠玉に飾られて輝きわたり,仙境さながらのめでたさである。毎年の嘉例で鶴と亀(ツレまたは子方)が舞(〈天女ノ舞〉)を舞い千年万年の寿命を帝に捧げると,帝もみずから袖を翻して舞楽に興じ(〈楽(がく)〉),めでたく舞い納めて還御となる。もっとも古風な能のひとつで,筋らしい筋はなく,ただめでたくにぎやかに演じられる。脇能物に分類されてはいるが,一般の脇能とは構成が違い,延年の大風流などに近い形に作られている。
執筆者:横道 万里雄(2)長唄 1851年(嘉永4)南部藩侯邸で初演。10代杵屋(きねや)六左衛門作曲。ほぼ能の詞章にもとづいており,荘重で美しい名曲。(3)常磐津 本名題《細石巌(さざれいしいわおの)鶴亀》。作詞3世瀬川如皐(じよこう),3世桜田治助,作曲4世岸沢古式部(5世岸沢式佐)。岸沢が独立した後の曲で,同派の隆盛を祝っている。
執筆者:長尾 一雄
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能の曲目。初番目・脇(わき)能物。五流現行曲。喜多(きた)流は『月宮殿(げっきゅうでん)』という。中国の帝王をシテとする破格の脇能であり、詞章としてはもっとも短編の能であるが、新年の寿(ことほ)ぎを主題とし、好まれてきた作品である。謡曲の稽古(けいこ)始めに習う曲でもある。官人(間(あい)狂言)が帝(みかど)の月宮殿行幸を告げる。玄宗皇帝(シテ)が群臣(ワキ・ワキツレ)を従えて登場。四季の節会(せちえ)の最初の儀式であることを謡い、参賀の人のおびただしさと、宮殿の壮麗さが描写される。鶴と亀(ツレ)の祝賀の舞ののち、皇帝も自ら立って慶(よろこ)びの舞を舞い、宮殿に還御の態で終わる。鶴を女姿、亀を男姿とし、子方で演ずることもあり、大人のツレの場合は能面をかける。シテは素顔のまま演ずる。
謡曲からとった長唄(ながうた)『鶴亀』は幕末の10世杵屋(きねや)六左衛門の作品で、名曲の誉れが高い。常磐津(ときわず)に『細石巌鶴亀(さざれいしいわおのつるかめ)』がある。
[増田正造]
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出典 日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典について 情報
… 天保期(1830‐44)から幕末にかけても長唄は全盛期であった。歌舞伎や長唄を愛好する大名,旗本,豪商,文人らがその邸宅や料亭に長唄演奏家を招いて鑑賞することが流行し,なかには作詞を試みる者も現れ,作曲者たちの作曲意欲と相まって,《翁千歳三番叟(おきなせんざいさんばそう)》《秋色種(あきのいろくさ)》《鶴亀》《紀州道成寺》《四季の山姥(しきのやまんば)》《土蜘(つちぐも)》など鑑賞用長唄の傑作が生まれた。一方,前代に全盛をきわめた変化物舞踊もようやく行詰りをみせはじめ,さらに幕藩体制の崩壊,長唄愛好者の大名,旗本の高尚趣味の影響もあって,長唄にも復古的な傾向が現れ,謡曲を直接にとり入れた曲が作曲されるようになり,前述の《鶴亀》や《勧進帳》《竹生島》などが生まれた。…
※「鶴亀」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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