膜を介して,組成の異なる電解質溶液を接触させたときの,両溶液相の内部電位の差.膜電位は各種の微細孔性膜(パーチメント紙,コロジオン膜,プラスチック膜,ゲル,細孔性ケイ酸塩,生体膜など)および隣接する溶液とまじり合わない液体層の膜について観測されている.膜電位は形式的には液間電位差の特別な場合と考えることにより,その電位特性を説明することができる.この考えによれば,膜電位 Em は次式で与えられる.
ここで,ti′はイオンiの膜中における輸率.zi はイオンiの電価(符号を含む),aiⅠおよび aiⅡはそれぞれイオンiの溶液相ⅠおよびⅡにおける活量であり,Rは気体定数,Tは絶対温度,Fはファラデー定数である.膜電位には(1)濃淡膜電位と(2)異種イオン間膜電位あるいはもっと一般的な多種イオン間膜電位がある.
(1)濃淡膜電位は膜の両側で濃度が異なる同種の電解質溶液をおいたときに生じる膜電位である.膜中におけるカチオンおよびアニオンの輸率をそれぞれt+′およびt-′とし,それらはいずれも膜中一定値を示すものと仮定すると,濃淡膜電位は上記一般式よりただちに次のように与えられる.
膜がイオンに対して選択的透過性をもつ場合には,膜中輸率は溶液相中の値といちじるしく異なり,たとえば,理想的な選択的カチオン透過性の膜では
t+′ = 1,t-′ = 0
となり,逆にアニオン透過性の膜では
t+′ = 0,t-′ = 1
となる.したがって,理想カチオン透過膜の膜電位は,
で与えられ,理想アニオン透過膜の場合には,
の関係が成立する.これら二つの式で表される膜電位は,膜透過性のイオンについての平衡電極電位と類似の性質を示す.したがって,一方の溶液相の電解質濃度を一定にした場合の膜電位は,他方の相中のカチオンあるいはアニオンの活量に可逆的に作用するので,この特性を利用して,いわゆる“膜電極”をつくることができる.現在,種々のカチオン(アルカリ金属およびアルカリ土類金属イオン,NH4+など)およびアニオン(F-,NO3-,ClO4-,CH3COO-など)に対して選択的にはたらく膜電極がつくられており,これらイオンの分析に,また活量の測定に広く用いられている.
(2)[別用語参照]膜平衡
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
膜によって隔てられた二つの電解質溶液の間に生じる電位差。細胞やミトコンドリアなどのような細胞内小器官は,生体膜で囲まれており膜電位を生じている。生きている細胞ではすべて細胞膜を介して細胞の内外の間に電位が観察されるが,これを静止電位resting potentialと呼ぶ。細胞の内外には一般にイオンの分布に大きなかたよりがある。通常,細胞内ではカリウムイオンK⁺の含量が高く,ナトリウムイオンNa⁺の含量は低い。一方細胞外では逆にNa⁺が高く,K⁺の濃度は低い。膜電位は,これらイオンが濃度こう配に従って拡散するときに現れる。神経膜ではK⁺のみが静止状態で膜を透過しうると考えると,K⁺は濃度差に従って内から外へ拡散する。他のイオンは膜を透過できないので,K⁺が細胞外に出ると電荷の不均衡を生じる。細胞外に生じた正電荷は移動しようとするK⁺に逆方向の力を及ぼす結果,電気力と拡散力とがつりあい平衡に達する。平衡時に神経膜内外のK⁺の電気化学ポテンシャル差を0とすると,電位差はネルンストの式で表される(Rは気体定数,Tは絶対温度,Fはファラデー定数,Zはイオン電価数,[K⁺]内,[K⁺]外はそれぞれ細胞内,細胞外のK⁺の濃度)。この式から内外のK⁺の濃度比が10:1であれば-58mV,100:1であれば-116mVの電位差が生じることがわかる。
細胞のように膜によって二つの電解質溶液が仕切られ,その一方に膜を透過しえない荷電した高分子(例えばタンパク質)が存在するときに,平衡状態で膜の内外に生じる平衡電位はドナン平衡と呼ばれ,次式で示される。
(M,Xは透過性の陰陽両イオンの活動度。数字はイオン荷,a,bは膜の両側を表す)
筋肉や神経などのいわゆる興奮性の細胞では,静止電位にある種の刺激が与えられると,通常内側負の電位がその1点で電位を逆転し,短時間だけ内側正の電位を生じる。これを活動電位action potentialと呼ぶ(図1)。この局所的な電位変化はすぐ隣の部分を脱分極し,興奮は次々と伝わる。興奮の伝わる速度は神経の種類によって異なるが,10m/sにも達する。この神経の活動電位は,軸索における膜の透過性が,なん分の1秒かNa⁺に対して透過性になり,K⁺に対して不透過性になるように変化することで説明される(図2)。
細胞のもつ電位の生物学的意義は,さまざまの系で研究されているがまだ不明な点も多い。デンキウナギでは神経膜で生じるわずかの電位差を,幾重にも重なった膜層によって増幅し,200V以上の電位差を生じることができる。
執筆者:大隅 良典
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
膜で仕切られた溶液の間にある電位差をいい、通常、生体膜に囲まれた細胞や、ミトコンドリアなどの細胞小器官の内外に生じている電位差をさす。一般的に休止状態の細胞の内側は、外側に比べて60から90ミリボルト程度の負の電位がある。これを静止膜電位という。通常は細胞内にはカリウムイオン(K+)が多く、細胞外にはナトリウムイオン(Na+)やカルシウムイオン(Ca2+)が多い。休止状態の細胞膜はK+に対する透過性が高く、静止膜電位は主としてこの透過性によって決まっている。興奮性膜においては、刺激に応じて膜電位は減少し、一時的に正負の符号が逆転して細胞内が正となる。この一過性の電位変動を活動電位という。膜のイオン透過性の変化による電位変動には、シナプスにおける伝達物質による後シナプス電位や、感覚刺激が受容器に与えられたときに生ずる受容器電位がある。さらに、イオンの能動輸送によって、電位変化を生ずることがあり、この機構を起電性ポンプという。これらの電位変化は、膜のイオン透過性を支配するチャンネルやポンプといわれる膜タンパク質の働きによるものである。
[村上 彰]
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…電気二重層に起因する各種の電気効果を界面電気現象といい,界面静電現象と界面動電現象に大別される。
[界面静電現象]
電気毛管現象,膜電位,表面電位など,いずれも相平衡に関連した現象である。電気毛管現象は,無関係塩(金属面で電解酸化,電解還元を行わない塩)溶液と接する金属の界面張力に関した現象で,常温で液体である水銀について最もよく研究がされている。…
※「膜電位」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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