日本の伝統芸能の分野において,演技者が自身の技芸に関して語る談話をいう。〈芸話(げいわ)〉〈芸咄(げいばなし)〉ともいう。広義には非公開の口伝や秘伝書を含み,芸に関する話のいっさいを指すが,一般には名優または人気のある花形俳優が公開を前提として話したものを指して用いる。元来〈芸談〉は,その道に通じた聞き手(同時に筆録者)が適切な質問をして,寡黙がちな演技者から話を引き出し,筆録,編集ののち,新聞,雑誌の記事,芸談書などの形で出版するのが常であった。しかし,最近では演技者自身が文章を執筆する例が多くなり,自然その性格も変わってきた。江戸時代,歌舞伎の名優たちの芸創造の理念や演技演出の技巧の苦心や伝承を,役者本人から聞きたいという観客の希望にこたえ,《役者論語(やくしやばなし)》《古今役者論語魁(ここんやくしやろんごさきがけ)》《東の花勝見(あずまのはながつみ)》,《歌舞妓雑談(かぶきぞうだん)》(1818,初世中村芝翫編)などの芸談集が出版された。近代になると,かつては公開されなかった〈世阿弥二十一部集〉〈金春十七部集〉など能の伝書も公刊され,これも実質は〈芸談〉と見なされた。近代には,〈芸談〉が読み物の一種として歓迎された。その中心は歌舞伎俳優の芸談で,9世市川団十郎の《団州百話(だんしゆうひやくわ)》(1903,松居松葉編),5世尾上菊五郎の《尾上菊五郎自伝》(1903,伊坂梅雪編)が先蹤(せんしよう)となり,以後《魁玉夜話(かいぎよくやわ)》(5世中村歌右衛門),《芸》《おどり》(6世尾上菊五郎),《梅の下風》《女形の事》(6世尾上梅幸),《松のみどり》(7世松本幸四郎),《三津五郎芸談》(7世坂東三津五郎)など,数多くのすぐれた芸談の書物が出版され,こんにちでは歌舞伎の伝承と創造にとって貴重な財産となっている。歌舞伎以外の分野では,能,狂言で《六平太芸談》(喜多六平太),《兼資芸談》(野口兼資),《万三郎芸談》(梅若万三郎),《狂言八十年》(茂山千作),《狂言の道》(野村万蔵)など,人形浄瑠璃で《吉田栄三自伝》,《文五郎自伝》(吉田文五郎),《山城少掾聞書》(豊竹山城少掾)などがそれぞれ代表的な書物である。
これら近代の〈芸談〉の内容に二つの傾向が認められる。すなわち,(1)作品・芸そのものに即した話,(2)自叙伝風の話がそれである。前者は,伝承の型の記録,役の性根(しようね)の解釈,役づくりの苦心,衣装,鬘,鳴物の記録などを俳優本人から詳細に聞き出そうとしたもので,きわめて専門的で研究的な性格が濃い。それに対して後者は,俳優その人に対する興味の充足をねらったもので,通俗的な性格が濃い。しかし,俳優の生まれ育った環境や修業の過程,あるいは人がらや趣味嗜好が,個性的な芸風や持ち味と深くかかわっているのが日本の伝統芸能の性格であるため,読み方によってはそのまま〈芸の話〉ともなり得るという,特色のある在り方を示している。こうした〈芸談〉の内容は,最近では老練の名優による純粋な芸の話よりも,むしろ若手の人気役者の私生活をのぞき見たいというファン心理にこたえる読み物の方が喜ばれるようになり,〈芸談〉の性格はこの面でも大きく変わりつつある。
執筆者:服部 幸雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...
12/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
11/21 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新