日本大百科全書(ニッポニカ)「蛹」の解説
蛹
さなぎ
pupa
昆虫のうち完全変態を行う種類が後期発生の途中で経過する一時期で、幼虫期と成虫期の間の特異な形態をした静止の時期をいう。蛹の時期には食物をとらず、刺激を与えられなければ静止し、排出もしない。しかし、体内では幼虫組織の退化分解と成虫組織の形成が進行し、皮膚の薄い蛹を観察すれば成虫体が徐々にできていくことが認められる。
蛹は一般に幼虫とは著しく形が異なり、幼虫が脱皮して蛹になるのが蛹化(ようか)であり、蛹の体内で成虫体が完成し、脱皮して成虫が現れるのを羽化(うか)とよぶ。このような変化が変態ホルモン(エクジソンecdysone)によっておこされることは、カイコなどを用いた実験によって明らかにされている。なお、前蛹prepupaというのは、幼虫期の終わりに幼虫が太く短くなり、食物をとらなくなった時期をいう。
蛹の形や機能は昆虫の種類で異なり、一般的には静止的で刺激に対し腹部を運動させる程度であるが、脈翅(みゃくし)目のラクダムシ、ヘビトンボ、クサカゲロウのようにはい回るもの、トビケラの一部のように泳ぐもの、カやユスリカのオニボウフラのように尾部を振って水中で運動するものもある。蛹にはまた裸蛹(らよう)、被蛹(ひよう)、囲蛹(いよう)の3型がある。裸蛹とは触角、はね、肢(あし)など付属肢(し)が体表に固着せずに離れているものでもっとも多く、脈翅目、シリアゲムシ目、トビケラ目、コバネガ類(鱗翅(りんし)目)の蛹は大あごが機能的で強く繭から脱出するのに用いるが、大部分の甲虫目と膜翅目や、多くの双翅目とノミ目、ネジレバネ目の蛹は大あごが動かない。被蛹は皮膚が多くは硬く、付属肢が体表に固着しているもので、腹部も先端の2、3節が動かせるだけであり、高等な鱗翅目(チョウ、ガ)、一部の双翅目(カガンボなどの長角類)や甲虫目、多くのコバチ類(膜翅目)の蛹がこれに属する。囲蛹は最後の幼虫期(終齢)の皮膚が褐色か黒色に色づいて硬くなり、繭の代用になって中で幼虫が蛹になるもので、イエバエなどの双翅目の昆虫にみられるが、蛹体は裸蛹型である。その点でこの蛹型の分け方はかなり便宜的なもので、大あごの機能的な裸蛹を別に扱う学者もある。蛹化の際にガなどの幼虫が繭をつくるのは知られているが、地中や植物中などで蛹化するものには蛹室をつくるものも多い。鱗翅目のチョウ類では尾端を枝などに付着してぶら下がる垂蛹(すいよう)と、尾端を付着して体中央を糸で帯状に支える帯蛹(たいよう)があり、垂蛹はタテハチョウやジャノメチョウの類に、帯蛹はアゲハチョウ、シロチョウ、シジミチョウの類にみられる。
[中根猛彦]