昆虫の個体発生において幼虫と成虫のあいだにくる一時期をさし,蛹(よう)期のある昆虫を完全変態昆虫という。古くからさなぎは変態過程の中間にくる不動期としてとらえられてきた。アリストテレスは昆虫の変態を幼虫→さなぎ(=卵期)→有翅(ゆうし)の成虫というみかたをした。また,《日本書紀》の仁徳天皇紀に匍(は)う虫→殻→飛ぶ鳥となる虫とあり,さなぎの位置づけは東西で共通している。
さなぎの体表はすべて硬いクチクラでおおわれ,個体はほぼ静止状態にあり,成虫とほぼ同一の構造をとるが,内部構造・外部構造ともまだ機能的ではない。さなぎは,その外部形態によりさまざまに分類される。大あご,触角,脚,羽が体表から離れ,とくに大あごが可動のものを硬顎(こうがく)蛹pupa decticaと呼ぶ。水中で蛹化し繭を大あごで切り裂いて水上に浮上後羽化する毛翅類をはじめ,脈翅目・長翅目などにみられる。大あごが不動のものを軟顎蛹pupa adecticaと称し,これをさらに裸蛹と被蛹に分ける。裸蛹pupa exarataは触角,脚,羽は体表から離れ,このため自由蛹ともいう。鞘翅(しようし)目,撚翅(ねんし)目,膜翅目など完全変態昆虫の下等なものに多く,とくに半翅目コナジラミ上科のさなぎは原始的な形質が認められ,さなぎの起源的なものと考えられている。高等双翅目の環縫類(ハエ)の囲蛹pupa coarctataもこれに入る。被蛹pupa obtectaは鱗翅目,双翅目糸角類(カ,ガガンボ)や短角類(アブ)などのさなぎをさし,触角,脚,羽などは脱皮時に分泌される粘着性の物質により体表にはりついている。鱗翅目のうち,絹糸で蛹体に帯をかけ,これで体を支持するものを帯蛹pupa contigua(アゲハチョウ,シロチョウ,シジミチョウ科),尾端の鉤状(かぎじよう)突起で蛹体を垂下するものを垂蛹pupa suspensa(タテハチョウ,ジャノメチョウ,マダラチョウ科など)と呼ぶ。
さなぎはほぼ不動なので,何らかの方法で身を守る必要がある。地下や木の中に室をつくり,そこで蛹化するものに鱗翅目や鞘翅目のカミキリムシ,ゾウムシなどがある。鱗翅目の多くは,終齢幼虫が地中にもぐり,液体を口から分泌して土の粒子を接着・固化して室の壁となす。地上または水中で蛹化する昆虫の多くは繭cocoonをつむぐ。絹糸で木片,葉片,小石,砂などをつむぐものと,完全に絹糸のみでつむぐものがある。繭は通常,外側は粗く,内側に進むにつれて密となり,とくにヤママユガ科の繭は内壁は完全な滑面となる。イラガは石灰質の楕円形の硬い繭(イラガノマユ)をつくる。ハエ類のさなぎは特異的で,終齢幼虫の皮膚が硬化・着色し囲蛹殻pupariumを形成し,この中で蛹化する。
蛹期は形態,生息場所,餌などまったく異なる幼虫と成虫をつなぐための中間段階である。このため,幼虫の組織は蛹期の間に成虫の組織へと再構築される。蛹化にともない,幼虫組織の多くは食細胞により完全に崩壊し,脂肪体とともに成虫組織の形成材料となるし,神経系も再配線される。ミツバチではこの再構築は全組織の80%にも及ぶ。また,成虫の付属器官(羽,脚,触角,生殖器など)は幼虫期には成虫原基と呼ばれる細胞塊として,幼虫の他の組織とは独立に成長をつづけ,蛹化とともに外に露出する。
蛹化はホルモンにより支配されていることが,ガの幼虫で詳しく調べられている。脱皮後の形態が幼虫,さなぎ,成虫のいずれになるかという決定は,幼虫がまだ摂食している間になされる。終齢幼虫期にはアラタ体からの幼若ホルモン分泌の低下と幼若ホルモン加水分解酵素の血中濃度の上昇により,血中の幼若ホルモン濃度は急激に低下する。このとき,少量のエクジソン(脱皮ホルモン)が分泌されると,その作用で幼虫の組織は脱皮後さなぎになることを予約される(さなぎコミットメント)。予約をうけた幼虫は行動に変化がおこり,摂食を停止し蛹化場所へ移動するとともに,消化液を主とした内容物を排出し消化管をからにする。このころ脱皮ホルモン分泌が再開し,蛹脱皮をひきおこす。摂食停止から脱皮までを前蛹という。とくに蛹クチクラができ,幼虫クチクラから剝離し外形は幼虫だが内部は蛹形となっているときを潜蛹とし,蛹期の第1期とみなす考えもある。
執筆者:桜井 勝
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
昆虫のうち完全変態を行う種類が後期発生の途中で経過する一時期で、幼虫期と成虫期の間の特異な形態をした静止の時期をいう。蛹の時期には食物をとらず、刺激を与えられなければ静止し、排出もしない。しかし、体内では幼虫組織の退化分解と成虫組織の形成が進行し、皮膚の薄い蛹を観察すれば成虫体が徐々にできていくことが認められる。
蛹は一般に幼虫とは著しく形が異なり、幼虫が脱皮して蛹になるのが蛹化(ようか)であり、蛹の体内で成虫体が完成し、脱皮して成虫が現れるのを羽化(うか)とよぶ。このような変化が変態ホルモン(エクジソンecdysone)によっておこされることは、カイコなどを用いた実験によって明らかにされている。なお、前蛹prepupaというのは、幼虫期の終わりに幼虫が太く短くなり、食物をとらなくなった時期をいう。
蛹の形や機能は昆虫の種類で異なり、一般的には静止的で刺激に対し腹部を運動させる程度であるが、脈翅(みゃくし)目のラクダムシ、ヘビトンボ、クサカゲロウのようにはい回るもの、トビケラの一部のように泳ぐもの、カやユスリカのオニボウフラのように尾部を振って水中で運動するものもある。蛹にはまた裸蛹(らよう)、被蛹(ひよう)、囲蛹(いよう)の3型がある。裸蛹とは触角、はね、肢(あし)など付属肢(し)が体表に固着せずに離れているものでもっとも多く、脈翅目、シリアゲムシ目、トビケラ目、コバネガ類(鱗翅(りんし)目)の蛹は大あごが機能的で強く繭から脱出するのに用いるが、大部分の甲虫目と膜翅目や、多くの双翅目とノミ目、ネジレバネ目の蛹は大あごが動かない。被蛹は皮膚が多くは硬く、付属肢が体表に固着しているもので、腹部も先端の2、3節が動かせるだけであり、高等な鱗翅目(チョウ、ガ)、一部の双翅目(カガンボなどの長角類)や甲虫目、多くのコバチ類(膜翅目)の蛹がこれに属する。囲蛹は最後の幼虫期(終齢)の皮膚が褐色か黒色に色づいて硬くなり、繭の代用になって中で幼虫が蛹になるもので、イエバエなどの双翅目の昆虫にみられるが、蛹体は裸蛹型である。その点でこの蛹型の分け方はかなり便宜的なもので、大あごの機能的な裸蛹を別に扱う学者もある。蛹化の際にガなどの幼虫が繭をつくるのは知られているが、地中や植物中などで蛹化するものには蛹室をつくるものも多い。鱗翅目のチョウ類では尾端を枝などに付着してぶら下がる垂蛹(すいよう)と、尾端を付着して体中央を糸で帯状に支える帯蛹(たいよう)があり、垂蛹はタテハチョウやジャノメチョウの類に、帯蛹はアゲハチョウ、シロチョウ、シジミチョウの類にみられる。
[中根猛彦]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…繭を繰糸する際,生糸にならないものの総称。きびそ,ようしん,びす,揚り繭などをいうが,選除繭やさなぎなどを含める場合もある。(1)きびそ(生皮苧) 繭の糸口を見つけるため,索緒(さくちよ)ぼうきなどで索緒し,すぐり取った緒糸を集めて乾燥したもの。…
※「蛹」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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