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要法寺 ようほうじ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

要法寺
ようほうじ

京都市左京区にある日蓮本宗の本山。多宝富士山と号し,松の寺と通称される。正和1 (1312) 年日尊の開基と伝えられる。もと上行院と号したが天文5 (1536) 年兵火で焼失,同 19年 13世日辰が一寺を興して要法寺と号した。

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デジタル大辞泉の解説

ようぼう‐じ〔エウボフ‐〕【要法寺】

京都市左京区にある日蓮本宗の本山。山号は、多宝富士山。延元4=暦応2年(1339)日尊が開創の上行院と、その弟子日大が開創の住本寺が、天文19年(1550)合併、要法寺として再興。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

要法寺
ようぼうじ

京都市左京区法皇寺町にある日蓮(にちれん)本宗の本山。多宝富士山(たほうふじさん)と号する。本尊は十界大曼荼羅(じっかいだいまんだら)。1315年(正和4)日尊(にちぞん)が京都六角油小路(ろっかくあぶらこうじ)に上行院(じょうぎょういん)を建てたのが始まりといわれる。一方、弟子日大が貞和(じょうわ)年間(1345~50)冷泉(れいぜい)西洞院に法華(ほっけ)堂を建て、のち住本寺(じゅうほんじ)と称した。1536年(天文5)天文(てんぶん)法華の乱によって両寺は京都を追われ、堺(さかい)に難を避けた。1542年帰洛(きらく)する際に上行院、住本寺の二寺は合併し、要法寺と称して、堀川綾小路(あやのこうじ)に再興された。法華宗十五か本山の一つであった。その後豊臣(とよとみ)秀吉の寺町形成で二条寺町に移転。さらに宝永(ほうえい)の大火(1708)によって現在地に移転された。明治に入り「本門宗」と称したが、1950年(昭和25)日蓮本宗として独立した。寺宝の金銅蓮華唐草(れんげからくさ)文透彫経箱(すかしぼりきょうばこ)は国重要文化財。[田村晃祐]

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