親子鑑定(読み)オヤコカンテイ

デジタル大辞泉 「親子鑑定」の意味・読み・例文・類語

おやこ‐かんてい【親子鑑定】

生物学的な親子関係の有無を自然科学的な方法によって明らかにすること。現在は、遺伝子多型を利用したDNA鑑定によって行われる。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「親子鑑定」の意味・わかりやすい解説

親子鑑定
おやこかんてい

科学的な方法を用いて、ある特定の人たちの間に、生物学的親子関係があるかどうかを見定めることである。親子鑑別ともいう。生物学的親子関係とは、親から子に遺伝する遺伝形質(遺伝的多型)をもっていることである。この多型性(個人差)を示す遺伝形質、たとえば血液型DNAデオキシリボ核酸)多型などを検査し、遺伝学的分析を行って、生物学的親子関係の有無を鑑定する。すなわち血液型による親子鑑定と呼称するように、血液型判定および血液型鑑定は親子鑑定の手段となる。親子鑑定には、祖父と孫、兄弟姉妹などの血縁関係、死亡者との血縁関係の鑑定も含まれる。また毛髪血痕(けっこん)、臍の緒(へそのお)、手術後保存されていた臓器などが鑑定の対象となることもある。通常、鑑定依頼、資料採取、遺伝形質検査、判定の順に進められる。

[澤口彰子]

民事事件における鑑定

一般的には、母子関係は出産という事実で明らかである。したがって、その父親はだれであるかを決める父子鑑定が中心となる。

 親子鑑定は刑事、民事のいずれにおいても必要とされるが、民事事件の鑑定がほとんどである。当事者の鑑定申請に基づいて、裁判所あるいは弁護士から、法医学者などの学識経験者に、命令・嘱託されることが多い。一方、一般の人を対象とした商業的なDNA親子鑑定サービス企業もあり、また個人からの鑑定問い合わせもある。鑑定結果によって、当事者およびその家族に大きな影響を及ぼすこともあり、弁護士を介するなどの配慮が最低限必要である。

 民事事件での鑑定では、利害関係(扶養請求権や財産相続権など)を伴う、婚姻関係のない男性と女性の子の認知請求の訴え(民法第787条)がもっとも多い。この場合、母または相手の男性が死亡した日から3年を経過すると、提起できなくなる。また夫が妻の産んだ子(婚姻成立日から200日後または婚姻解消・取消し日から300日以内)を否認する嫡出否認請求の訴え(民法第774条)がある。この訴えは、夫が子の出生を知った日から1年以内に、提起しなければならない。もらい子を嫡出子とした場合の養子縁組の解消、病院や産院での新生児の取り違え事件、父親が婚姻成立日から200日以内に出生した子を実子でないと訴える場合の、親子(しんし)関係存在・不存在確認請求事件もある。病院や産院で新生児を取り違えた場合は、母子鑑定の必要が起こることもある。さらに、再婚禁止期間(民法第733条:離婚後100日以内)に再婚した女性が、出産した子の父を定められないとき、あるいは妻が夫の子でないと主張するときの、父を定める訴えがある。その他、父親死亡または両親死亡のときは、親族間との血縁関係(同胞・半同胞関係等)の存否を、鑑定する場合もある。

 刑事事件での鑑定では、嬰児(えいじ)殺しや強姦(ごうかん)事件で、嬰児や胎児の親を調べる場合がある。

[澤口彰子]

鑑定の方法

鑑定に際しては、まず産科学的事項(妊娠期間や受胎日など)を考慮する。資料(血液など)は、鑑定人または鑑定補助者が立ち会って採取する。また資料提供者の写真をとることが必要である。

 親子鑑定はメンデルの法則を応用したものである。子の遺伝形質における2個の対立遺伝子の一つが、父と疑われる男の対立遺伝子と一致するか否かで判定する。父子鑑定でも母の検査が必要である。母子との比較で子の父由来遺伝子を特定すれば、鑑定の精度が高まることになるからである。

 検査にあたっては、血液成分中にみられる遺伝形質の赤血球型、血清蛋白(たんぱく)型、酵素型、HLA型、およびDNA多型を遺伝標識(遺伝マーカー)として利用する。

[澤口彰子]

赤血球型

赤血球型(ABO式、MNSs式など)は、赤血球凝集反応で検査するため比較的簡便ではあるが、一般に対立遺伝子の種類が少なく、多型性に乏しい。また潜性遺伝子が存在するABO式やハプロタイプ(同一染色体上に近接、連関して存在する対立遺伝子群)を形成するMNSs式などでは、表現型(生物の外に表れた形質)から遺伝子型を一つに特定することができない。そのため否定例では父権否定の確率が、肯定例では父権肯定の確率が低くなる。

[澤口彰子]

血清蛋白型・酵素型

血清蛋白型は血清中蛋白に、酵素型はおもに赤血球酵素にみられる遺伝形質の多型である。主として電気泳動法による検査で、遺伝子型が特定できる。ただし、一部の型は判定に熟練を要する。

[澤口彰子]

HLA型

HLA型はヒト白血球抗原の遺伝形質の多型である。きわめて多型性を示し、親子鑑定への有効性が高い。検査は煩雑、熟練を要する。ポリメラーゼ連鎖反応法polymerase chain reaction method(PCR法)を利用して、HLAのDNA型検査法も行われている。PCR法はプライマーとよばれる合成ヌクレオチドを使用し、DNAの遺伝的多型を示す変異部分を、短時間に増幅して解析する方法である。

[澤口彰子]

DNA多型

赤血球型、血清蛋白型などの遺伝的多型は遺伝子により支配されている。遺伝子の本体はDNAである。この遺伝子座locusに相違が多くあることから、DNA多型(DNA自体の多型)とよばれている。DNAは糖とリン酸が交互に連結した直鎖を骨格とし、糖の部分にアデニンadenine(A)、グアニンguanine(G)、シトシンcytocine(C)、チミンthymine(T)の4種類の塩基のいずれかが結合している。精子と卵子から、1セット(半数体)ずつ受け継がれた46本の染色体の中に、遺伝情報がこのATGCの四つのDNA文字配列で、コード(暗号)化されている。1セットのDNAはゲノムgenomeとよばれている。ヒトゲノムは塩基対を約30億含んでいる。

 ゲノムは細胞の核ゲノムと細胞内小器官ミトコンドリアゲノムに分けられる。核ゲノムには、22種類の常染色体ゲノムと、XとYの性染色体ゲノムがある。Y染色体ゲノムは男性のみに伝わり、男系遺伝をする。一方、ミトコンドリアゲノムは女系遺伝の形態をとる。したがって、母子鑑定に際しては、ミトコンドリアゲノムに組み込まれているDNAの多型検査が有用である。

 DNA多型の解析を個人識別、親子鑑定等に応用し、法的な結論を導き出す行為をDNA鑑定とよんでいる。常染色体ゲノムに組み込まれている特定のDNA領域(遺伝子座)を検査すると、子には母と父から由来したDNAマーカーが認められる。母と子のDNAマーカーが一致した場合、子のもう一つのDNAマーカーはかならず父あるいは疑わしい男性のものとなる。DNA鑑定では、否定例が効率よく否定できることになる。また肯定例では高い肯定確率が得られる。

[澤口彰子]

DNA多型検出法の種類

特定のDNA領域の変異のうち、ATGCの塩基配列単位の反復回数の違いをみる縦列型反復配列多型の有効性が高く、おもにこのDNA多型が用いられているが、反復配列の塩基単位の大きさにより、次の二つがある。

(1)ミニサテライトまたは高変異反復配列とよばれる十数から数十塩基単位の反復配列領域の多型は、DNAフィンガープリント(指紋)と名づけられている。これはサザンブロット法というDNA断片鎖の長さの相違を検出する制限酵素断片長多型法によって、分析されている。この多型は片親ないし両親のいない事例において、他の親族との血縁関係を推定するのに有効である。

(2)1~10塩基程度の小さな単位の反復配列(short tandem repeat、STR)領域はマイクロサテライトとよばれており、繰り返し回数の相違を示すものが多数あることから、親子鑑定への有効性が高い。遺伝子座としてTHO1、TPOX、vWAなど多くの型が鑑定に利用されている。これらの遺伝子座の塩基配列単位の反復回数の違いを示す変異部分をPCR法で増幅して、電気泳動を行う検出法が一般的で、このSTR多型の分析が主流となっている。個々の事例に基づいて、常染色体、性染色体、ミトコンドリアのDNAマーカーを適宜選択して鑑定する。

[澤口彰子]

親子鑑定における判定

判定に際しては、それぞれの遺伝形質について、父権が否定されないか、されるかを考える。複数の遺伝形質で否定されたときは、親子関係が否定される。1種類の遺伝形質のみで否定される場合は、その遺伝形質に突然変異が起こった可能性などがあり、追加の検査を行う必要がある。また否定されないことのみで、父権を肯定してはならない。否定されない場合は、人類遺伝学的研究によって確認されている遺伝形質の対立遺伝子出現頻度をもとに、統計的数式を用いて、父権否定の確率および父権肯定の確率を計算する。

[澤口彰子]

父権否定の確率

父権否定の確率は、複数の遺伝形質の検査により、ある母子の組合せに対して、一般集団中の男性の父子関係を否定できる率(排除率)である。すなわち、「母で検査した複数の遺伝形質の対立遺伝子頻度の積×子のそれらの父由来遺伝子の頻度(母子結合確率)×否定される男性の型の出現頻度」の数式で求められる。この式は、遺伝子型が一つに特定できる場合である。潜性遺伝子やハプロタイプの存在によって、複数の遺伝子型が推定される場合は、計算がきわめて複雑となる。母子の複数の遺伝形質のすべての型の組合せによって算出した父権否定の確率の総和は、それらの遺伝形質の有効性を示す。高い否定確率を示す遺伝形質ほど、効率のよい親子鑑定ができることになる(表1)。複数の遺伝形質の父権否定の確率P1、P2…の総和はP=1-(1-P1)(1-P2)…で算出される。

[澤口彰子]

父権肯定の確率

父権肯定の確率は、複数の遺伝形質の型の検査により、父であることが否定されない場合に算出される。子で検査した複数の遺伝形質の対立遺伝子と一致する疑わしい男性のそれらの出現頻度をもとにして、事後確率の定理を用いた式で求められる。これは生物学的父の見込み確率であり、問題の男性が子の父と認められる確率でもある。その値が100%に近ければ、親子と判定してよいと解釈されている。ABO式血液型による親子鑑定表は、表2-1表2-2に示してある。ABO式血液型による親子鑑定によると、A、B、O、ABの各型について、父であること(父権)が否定されない型と否定される型に分類される。A、B、Oの対立遺伝子頻度を用いて、肯定確率と否定確率が求められる。各種遺伝形質の父権否定の確率は表1に示してある。それによると父権否定の確率は、ABO式で19.3%、Rh式で20.1%であり、赤血球型の総合確率に血清蛋白型、酵素型、HLA型、およびDNA多型の確率を総和すると、父権否定の確率はきわめて高率に達する。

 親子鑑定においては、絶対的否定や絶対的肯定はされない。ただし、数多くの遺伝形質の検査により、きわめて高い確率で親子関係の存否が判定される。また、DNA多型の親子鑑定への導入によって、他の遺伝形質の検査の必要性は低下している。とくに、DNA多型のうち、8種類以上のSTR多型の検査を行えば、他の血液型の検査を併用する必要性はないと評価されている。

[澤口彰子]

『澤口彰子・溝口秀昭・清水勝編『臨床と血液型』(1993・朝倉書店)』『DNA多型学会編「DNA鑑定についての指針」(『DNA多型』6巻所収・1998・DNA多型学会)』『日本法医学会編「親子鑑定についての指針」(『日本法医学会誌』53巻所収・2000・日本法医学会)』『澤口彰子・大澤資樹・赤根敦他著『臨床のための法医学』第6版(2010・朝倉書店)』


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